「こんな子……だったかな」
付き人を連れた黒いスーツの男が言った。表情は解らないが、その声には戸惑いの様なものがあった。彼は売人界隈では名のある人物らしい。事前に聞いた話では全盲だとか。妙ではあるが、此方にとってはどうでも良い事。
「えぇ、間違い無く彼です。今は名前がありませんが」
周りのものに興味津々、と言った感じに辺りを見回して居る子供。その首には鎖が繋がれて居る。今にも飛び出してしまいそうな子供を大人しくさせる為に、軽く鎖を引いた。
「名前が無い?君は確かアーシェと呼んで居た筈では?」
「利便上のものです。本人は憶えて居りませんのでお好きな様に」
何か感付いたのか、彼はまさか、と呟いた。暗黙の了解で成り立つ所の住人の癖に、此方の事は根掘り葉掘り聞きたがるのが売人と言う生き物。余計な詮索をされる前に話を済ませた方が良さそうだ。
「彼を引き渡す条件ですが。人為的に失った人格を取り戻す、その協力をして頂きたい」
「……今、何と?」
この一言で、目の前の売人はその中でもかなり面倒な部類に入る奴だと思った。売人如きが喰って掛かった所で、何ともならないと言うのに。お前等に幸せだとかそんな言葉を使う資格は無い。商品扱いして居る時点で、そうしてやる事は不可能なのだから。
「其方の世界では権力者かも知れないが、此処では貴方も只の売人である事をお忘れ無く。この国の、です。良く良く御理解頂いて居る筈ですがね」
この国で何が行われて居るのかなんて、嫌と言う程理解して居る筈。だからこそ手の届く筈も無い、出来もしない事を言うのかも知れないが。しかし、売人の考えて居る事なんてどうでも良かった。此方に《協力》さえしてくれれば。
「君の……名前は」
「な、まえ?」