何処かで音がした。ほんの一瞬、頭の中の混乱が嘘の様に消える。その間狭い視界を巡らすと、黒いスーツの男が直ぐ傍に居るのに気が付いた。その緑がかった瞳が鴒多を捉える。彼が父親を殺ったのだろうか。だとしたら、同じ様に殺される。そう思った。
「……誰……」
「動かないで下さい。止血をしないと貴方まで死んでしまいます」
黒いスーツの男は鴒多の傍にしゃがみ込む。引き摺って居た脚に触れたが、やはり感覚は全くと言って良い程無かった。処置を施す間、鴒多は何の反応も示さない。スーツの男は携帯電話を取り出し、何処かへ連絡して居る。
「見付けました。はい。出来る限りの処置は」
この体では、逃げた所で直ぐ捕まってしまう。それは解る。手当てをしてくれたと言う事は、少なくとも今は殺される心配をしなくても良いのだろうか。スーツの男が携帯電話を仕舞った時、再び何処かで音がした。
「大丈夫、貴方は助かります」
助かる、とは……
ぼんやりしたままの鴒多は抱き上げられた。何処かへ連れて行かれるらしい。体が浮いた時、視界の端に自分を引き摺った跡が見えた。一時的に忘れて居たものが突然甦り、体が震え出す。呼吸が乱れる。鴒多はスーツの男を見た。
「お母さん……は……?」
再び混乱し始めた鴒多には、スーツの男の表情を読み取る事は出来無かった。その変化すら、気に留める事が出来無かった。