「さて……アーシェ。俺は優しい主人だからな。今日までは多少の我儘を許してやろう」
仮面の向こう側に見下ろす冷たい眼があり、アーシェと呼ばれた子供はその視線の先に居た。
「本当?」
立ち上がる事は到底出来無い、狭い檻の中から紅い眼が彼を見た。鍵の付いた首輪と、それから伸びる鎖。一時的とは言え、人間扱いされて居ない事をあからさまに示して居る。しかし、この扱いに対しての不満は無いらしい。全く五月蝿い奴だ、と仮面の下で呟いて、檻の鍵を外してやる。首輪に繋がる鎖を引き、中から出る様に促した。
「今日は未だ何も喰べて無くて……お腹空いた!」
「腹が減った?これはこれは。大分人間らしくなったじゃあないか。身の振り方も教わったか?」
馬鹿にする様な薄笑いを含んだ声で鎖を引く。アーシェは言い返す事も無く、引かれるままに着いて行く。彼に取っては、今此処で食事が貰える事が重要なのだ。急に取り消されたりしたら堪らない。今までそうされた事は無いが、大人しくして居た方が確実と判断した様だった。仮面の女の元へ行く前、食事は毎日は貰えなかった。それは食に対してそう興味が無い所為ではあったが。しかし環境が変わり、人間らしい生活と言うものに初めて触れた。
「毎日……えっと……三回。三回も喰べたから、今はお腹空く」
「へぇ。それで?此処より良かった?幸せだったか?」
アーシェは暫く考えて居たが、解んない、と小さく答えた。
「何時も喰べ物があるのは嬉しい……かも……でも、その分余計にお腹が空くのは嫌。今みたいな」
「まぁ……そうだろうな。良く良く甘やかしてくれたな、あの女」