アーシェの座る場所から少し離れた所に緑色の長い髪が目立つ少年が居た。ティアーと言う名を持つ彼は、転がる栄養剤を不満気につついて居る。此処数日、こんな食事が続いて居るのだ。残念ながら彼は栄養剤が嫌いだった。
「他のものが喰べたい」
「駄目」
「飽きちゃった」
「駄目」
「不味いし」
「駄目」
タブレット状の栄養剤が皿の上で何度も転がる。それをちらりと見た仮面の女主人は、直ぐに手元の本に視線を戻した。
「お腹壊すでしょ。その度泣くのは誰だっけ?何度も言わせないで、駄目」
駄目、を強調しつつ、諦めた様な声が紙の束の向こうから聞こえた。味気無い栄養剤ばかりの食事は確かに可哀想なのだが、その感情に負けて喰べさせてしまうと後が大変で。味覚が欲しがっても体が受け付けないらしく、必ずと言って良い程体調を崩すのだ。
「何で僕だけお腹痛くなるの?」
「私も知りたい。こっちも好きで栄養剤ばかり喰べさせてる訳じゃ無いの」
不満の表情を強め、ティアーは栄養剤に眼を向けた。何度見ても何度つついても、形も味も変わりはしない。解っては居るのだが、どうしても口に運ぶ気になれない。嫌いなものは嫌いなのだ。
「美味しい栄養剤があったら良いのになぁ……」
不意に視線を移した先に、料理が運ばれて行くのが見えた。目の前に出されたそれに嬉しそうに笑う灰色の髪の少年。
「そんなに嫌なら今日は辞めとく?別に構わないけど」
小さく溜息を吐き、ティアーは首を横に振った。幾ら嫌いでも、空腹に耐えるよりかは幾分マシだ。そして観念した様に、栄養剤を口に入れたのだった。