アーシェの空腹騒ぎは数日続いたが本人も解って居る様で、次第に我慢を憶え、大人しくなって行った。時折耐え切れずに泣き出す事もあったが。
「……幸せじゃ無かった」
後を着いて歩くアーシェが不満気に呟く。此処数日、彼はこの言葉を口に出す事が度々あった。元々食事と言う行為に全くと言って良い程執着が無いアーシェだが、やはり空腹感には勝てない様子。
「彼奴にはとても聞かせられんな。今のお前を見たら大泣きするだろうよ」
通り掛かったレストルームで紅茶を二杯貰い、片方に砂糖を入れてアーシェに渡す。ピンク色のストライプが描かれた紙コップから立ち昇る湯気を見詰め、アーシェは小さく溜息を吐いた。
「今が僕の普通なのに。どうして辛いのかって考えたら、あの人だって思ったの……そうでしょ」
栄養剤の方が好き、と紅茶を口にする。甘さが口内に広がり、温かさが体内に染み渡る様な感覚が心地好い。少しだけ空腹感も落ち着いた気がした。
「お前も充分異常だと思うがな。喰えない奴に怨まれるぞ」
食事と言う行為が嫌いと言う我儘に寄り、アーシェは許される限り栄養剤ばかりを摂取して居る。しかし、食欲は生物の基本的な欲求である。栄養剤に馴れて居るとは言え、食事をすれば消化器官は当然活動を始める。普段口にしないのが災いしてか、空腹感を強く感じるのかも知れない。
「……もう一回」
空になった紙コップを引っくり返し、不満そうな声で言う。面倒だな……と呟き、主人は自分が飲んで居たものを渡した。
「……甘くない」
「お前、味覚も五月蝿くなったのか……当たり前か」
アーシェは紙コップと主人を交互に見て、唐突に泣き出した。
「もうやだぁ……嫌い……嫌い……」