【いつものはなし】
何時もと同じ、静かな夜。
カウンターに突っ伏した店主は疎らに居る客の相手をする気は皆無な様子で、空のグラスを片手に静かな寝息を立てて居る。これもまた、何時もの光景。揉め事も無く、平和で理想的な夜だ。
「主、主!ちょっと起きてよ!」
真っ紅なドレスの女が店主を起こそうと体を揺する。店主は相当な量を空けて居るらしく、起きる気配は全くと言って良い程無い。ふと眼に入ったカウンターの中に転がる瓶。呆れた様に小さく溜息を吐き、女は眼を逸らした。
「一日そうやってるんでしょ、少しは仕事しなさいよ!」
「……五月蝿ぇな……」
無理に体を起こされ、頬をつねられて居るにも関わらず店主は寝言の様にぼやけた声で喋る。多量のアルコールが回って居る所為か痛みと言う感覚は最早無い様だ。困ったなぁ、と呟きながら女が客席の方に眼をやると、つい先程まで彼女と何やら話して居た青いドレスの女が退屈そうに座って居る。その隣には、黒い布で視界を覆われた少年が大人しく座って居た。女はもう一度店主の体を無理矢理起こし、彼の頬を引っ張った。
「商談が纏まったから、アイリスの御主人に連絡して欲しいんだけど……ねぇ聞いてる?」
店主はつねられた頬を軽く擦りながら、ゆっくりと眼を開けた。金色の瞳が呆れ顔の女を映す。
「あー……聞いてるよ……で、商品は。此処に居るのか」
店主は携帯電話を取り出し、操作しながら女に問い掛けた。その表情は未だ寝惚けて居る様に見える。時折欠伸をしながら、画面と女を交互に見た。 女はテーブルの方を指す。店主は少年の姿を見てアレか、と呟いた。視界を塞がれ、見ず知らずの場所へと連れて来られて居ると言うのに、少年は人形の様にじっと座って居る。子供が苦手な店主にとっては好都合だ。
「面倒事は回すなよ」
店主は携帯電話を耳と肩で挟み、馴れた手付きで棚から皿やフォークを出して行く。その様子を見て居る女の目の前に、ケーキが三皿並べられた。店主は無言でテーブルを指すと、女は軽く頷き、皿とフォークを持って下がった。
「……マスター、俺です」