「レノさん!主が呼んでるけど立てないの……来てあげて!
カウンターの方から声がした。三人が其方を向くと、手を振る少年の姿が見える。タトゥーの男に促され、レノは席を立った。
「何であんなのが良いんだろ……」
見た目は悪くないかも知れないが。他に良い所があるのだろうか。例えば本当の夫婦だったとして、幾ら仕事が出来ると言っても仕事が終れば只の酒飲みでは無いのか。いずれこの世界を抜けて真っ当な生活がしたいと思って居るルネにはとても理解出来そうに無い。町全体が見て見ぬ振りをして居るが、この仕事が犯罪な事に変わりは無い。今隣に居るこの子だって、知らない何処かへ売られて行くのだ。
「アイリスの御主人、その子引き取りに今から来るってさ」
レノが二つのグラスを持って戻って来た。ひとつはルネに、もうひとつは少年に。自分のグラスを持ちに行ったかと思えば、ちゃっかりケーキをもう一皿。今まで気付かなかったが、レノがカウンターへ行って居る間にタトゥーの男も何処かへ行ってしまった様だ。
「優しい人の所だと良いね」
ルネは視界を塞がれた少年の口元へとグラスを運んでやる。
「そう言えば……ルネは御主人に逢うの、今回が初めてだよね?」
「あ……うん、そうだね。レノは何度も逢ってるの?どんな人?」
そうだなぁ、とケーキを口に運びつつ少年を見る。
「実際、良く解んないんだよね……不透明な人って言うか。無表情とか全然喋らないとか、そう言う事は無いんだけど」
手の内を完全に見せない位が丁度良いのかも知れない。こんな異常な環境、一々真に受けて居たら身が持たなそうだ。