「私達は間でしか無いからさ。御主人の事も仕事の事も、余り深い所まで知らない方が身の為かなって思うんだよね。今更と言えばそうなんだけど」
例えば、この子を引き取る先の事。御主人とやらに雇われて居る、仲介人より上の者なら知って居るかも知れない。しかし、取引先に寄っては過酷なものを見る事になるかも知れない。こんな仕事をして居る身で勝手ではあるが、確かにそう言う情報は出来る限り知りたく無いと思う。
「御主人も知られない様にしてるんじゃ無いかなぁ……憶測だけど」
「身の為……そうなんだ……」
マトモな人間が少ないだろう事は、店内の客を見れば良く解る。極一般的な思考の持ち主なら、人間の体を無意味な縫い目で埋め尽くしたりはしないだろう。 不意に、店内がざわつき始める。何事かと見回すと、黒いスーツを着た新たな客が入って来た。奥のテーブルに座るあの少女を除き、客達は彼に対し好意的な態度で挨拶をして居る。レノもその独りで、姿を確認するなり席を立ち、彼の元へと急いだ。
「アイリスの御主人!わざわざ来て頂いてすみません……主!」
あの人が例の……
「御久し振りですよね、奥様と娘さん、お元気ですか?」
妻子持ち。今度は本物だろうか。外見はマトモそうだが、こんな世界に居るんだから何処か変わって居るに違いない。聞こえる話から、あの人が例の《マスター》らしい事は容易に解った。再び起こされた店主とレノから話を聞いたのか、御主人はルネの方へと歩いて来た。
「君が今回の担当かな、見ない顔だけど」
「あ、はい……初めまして」
ルネは椅子から立ち、身を固くしつつ頭を下げた。