ひんやりした空気が流れる。それは微かな声の様に耳を撫でて行く。陽の光が殆ど入らない部屋で、アリスは眼を醒ました。眼を向けた窓の外は綺麗な青空。この世界には朝も夜も無く、陽が沈む事は無い。何時見ても同じだ。 体を横たえて居た真っ紅なソファから起き上がり、軽く背伸びをして立ち上がる。何と無しに見た先に、大きな鏡があった。特別珍しい訳では無いのだが、暫く自分の姿を見た憶えが無かった。 鏡との距離が縮まる度、アリスと鏡の中のアリスの距離も縮まって行く。薄暗い世界にぼんやりと浮かぶ、白い肌と金色の髪。全く同じ姿が映って居る筈なのに、異質なものに見えるのは気の所為だろうか。アリスが右手を伸ばすと、鏡の中のアリスは左手を伸ばす。無機質な冷たさが触れ、掌同士を合わせた形になる。
……鏡の向こうは。
左手を伸ばすと、鏡の中のアリスは右手を伸ばす。二人のアリスは両手を合わせ、互いの眼を見詰めた。何方の眼も濁った光を宿し、互いの姿を歪んで映して居る様に見える。
……違う世界でしょう?
もしかしたら、鏡の向こうは帰りたい世界かも知れない。二人のアリスは両手を合わせたまま、頬を寄せた。ひんやり冷たい体がぴたりと密着する。互いを確認する様に眼を閉じる。
「……何……してるの……」
何方からとも無く、声の方に顔を向ける。その先にはフラミンゴが立って居た。怯えた様な、警戒する様な表情でアリスを見て居る。
「……別に」
素っ気無く答え、アリスはゆっくりと鏡から離れた。フラミンゴを見る事も無く無造作に黒いワンピースを掴み、袖を通す。
「早く……出て行って……」
「そうね。お邪魔したわ」
二人のアリスは互いに背を向ける。扉の向こう側へと消える姿は、全く同じだった。
【鏡の中の私も綺麗】