真っ紅なスープが注がれた皿を、彼は満面の笑みでアリスの前に差し出した。真っ紅に澱んだスープは全く美味しそうには見えず、寧ろグロテスクである。空腹な訳でも無いのに何故こんな事になったのかと言うと、代用海亀の厨房を覗いたのがいけなかった。気付いた時には腕を掴まれ、振り払うより先に座らされて居た。
「これは何?ちっとも美味しそうに見えないわ。それに私、お腹は空いてない」
「海亀のスープさ。お腹なんて直ぐに空くからね」
アリスの話を聞いて居るのか居ないのか、代用海亀はスプーンと、スープを前にどう使えと言うのかフォークを並べた。
「海亀は貴方でしょう?」
「そうだよ、でもこれは海亀のスープ。作った僕が言ってるんだから、そうなんだよ」
アリスは紅い染みの着いた彼のエプロンを見た。例え空腹だったとしても、このスープを口に運ぶのは避けたい。どうにか逃げ出せないものかと考えるアリスを見ながら、代用海亀は相変わらず笑みを浮かべて居る。
「貴方が捌いて居たのは蛙だった筈……いいえ、魚だったかも」
不意に、視界の隅に数人の影が現れたのに気付いた。其方を見るとどれも怯えた表情で、廊下から此方を覗いて居る。代用海亀が何か喋って居るが、アリスにはもう聞こえない。
「そう……アレだった。嘘を吐くのはいけない事よ」
代用海亀は首を傾げた。アリスの視線を辿ると、自分の手にフォークが刺さって居るのに気付く。
「お喋りに夢中になり過ぎるのも駄目」
「あれ……何コレ……?」
アリスはスープには手を付けず立ち上がり、その場を離れた。フォークの刺さった左手をじっと見詰めて何かを呟く代用海亀を、蛙の従者と魚の従者が取り囲んだ。
【如何様海亀は喰べてしまおう】