その日は珍しく、太陽が出て居なかった。灰色の厚い雲が空を覆い、ひんやりした風がゆっくりと吹き抜けて行く。
「雨が降る、か……」
何処かで芋虫が呟くと、小さな雫がその手の上に落ちて来た。黒い雫は幾つも幾つも、数え切れない程落ちて来る。色鮮やかだった世界の色を洗い流し、瞬く間にモノクロの世界へと変えて行く。 また別の何処かで、アリスが空を見上げて居た。右手にナイフを握り締め、足元には銃が落ちて居る。左手は動かなくなった白兎の黒いジャケットを掴み、彼を引き摺って居た。
「毎日退屈な世界にも、こんな事があるのね……貴方の所為?」
アリスの言葉に答える者は居ない。静かに降り続く黒い雨に空の青も草の緑も、住人達の色さえ流されて行く。同じ様にアリスの金髪も、その輝きを失い始めて居た。ひとつだけ、白兎から流れる紅だけが鮮やかなまま、アリスが歩いた跡を鮮明に残して居た。
「……退けよ、お前等」
雨は止む気配を見せず、降り続くかの様に思えた。小さな水溜まりを幾つも作り、それが大きな水溜まりになり、更に大きく池の様になり、湖になり…住人達と世界そのものを沈めようとして居る。
「今日は何も見えないや」
誰も何もしない。 ただ其処に存在するだけ。
「すっかり冷めてしまいましたね。淹れ直して貰えますか?」
この雨が止む頃には。
「良いよ、俺がやる。お前は寝てて良いから触るな。溢すから!」
どんな世界が、どんなアリスが存在して居るだろう。白兎の存在はどうなって居るだろうか。時が止まった様な感覚と共に、黒い雨が世界を沈めた。その瞬間の少女の叫びを聞いた者は、誰も居ない。
「皆……嘘吐き……!」
【赤じゃ無きゃ駄目なの】