【いいひと】
「……在り得ねぇだろ」
何時もの通勤路で何時もとは違うものを見て、相手をした事を酷く後悔し、その夜は当然の如く凄まじい悪夢を見た。夢の中で同じ事がもう一度繰り返された。人間の形をした目玉の無い化物に出逢い、服を着せてやり、逃げる様にその場を離れる。飛んでも無い悪夢である。
「今俺が見てるのは何だ?実は未だ夢の中か?」
だとしたら、死にたくなる様な悪夢である。しかし現実と言う事は確からしく、起きてからたったの二時間たらずだと言うのに、何処から来たのか物凄い疲労感が全身を蝕み始めた。これでもかと言う程仕事に行くのが嫌になる。
「ハンターさん、いぬさん、こんにちは」
「今はおはようだろ……」
一応朝方なのでそう返すが時間の流れが無さそうなこの場所では、全く無意味である。昨日とほぼ同じ場所に少女の姿をした化物が居た。ハンターが着せてやったジャケットと、巻いてやったバンダナもそのまま。何が違うと言えば、顔や体に血の汚れが無い事か。昨日の感じでは汚れを落として再び同じ様に着る、と言うのは不自然と言うか、出来そうも無いと言うか……だが、そんな事はどうでも良い。
「今日は遊んでやんねぇぞ、俺はこれから仕事なんだ」
「しごと」
反応を待つ事も無く、座り込んだそれの横を足早にすり抜けて行く。「それなぁに?」なんて聞かれようものなら、謎の疲労感に押し潰されて本当に行く気を無くしてしまう。既に無くしかけて居ると言うのに。
「まってるね」
またも予想に反し帰って来た言葉に足を止めそうになる。が、振り向いたら後悔する。絶対に後悔する。そんな気がして、無視してそのまま歩き続けた。