全く冗談じゃ無い。何だかんだ文句を垂れつつも、頭の中はあの化物の事でいっぱいだ。勘違いしないで頂きたいのだが、気に掛けてやってる訳では無い。あの森を通って、どうすれば逢わないかを考えて居るのだ。……その筈だ。
「世の中も物騒になったもんね。そんなの持ち歩く奴が居るなんて」
「此奴は護身用じゃ無……あ」
不意に聞こえた声の方を見ると、見知った顔が薄笑いを浮かべて居た。毎日違う業種ではあるが、顔見知りとして認識出来る程先々で何度も逢う人間が居る。彼女はその独りだ。互いの名前は知らない。
「珍しく集中力が途切れまくりな様だけど。何かあった?」
彼女の足元に居た小さな何かが近付いて来た。幼い少年の姿をしたその生き物は、何処で何をされたのか手足が切断されて短くなって居る。四つ足で歩くその姿は人懐こい子犬の様で、甘える様に擦り寄って来る。声帯が無いので声は出せないが、表情が解り易い分コミュニケーションを取る事は難しく無さそうだ。この生き物は彼女の主人でも奴隷でも無く、可愛いペットである。以前請け負った仕事先で引き取ったものだと聞いた。……様な気がする。
「あー……まぁ。色々あり過ぎて説明が難しい」
事情を話したとしてアレの存在を信じて貰えたとしても、そもそも何を話すべきなのか解らない。
「えー何々?自分は独り身なのに犬くんに相手が出来たとか?」
「……面白くねぇから」
足元に纏わり付く子犬を軽く撫でてやると心地好さそうに眼を細め、嬉しそうに此方を見上げた。声も出せず、こんな姿になるまで随分酷い目に遭っただろう。それなのに、人間に対して拒絶する事無く、愛想良く振る舞う姿が実に不思議である。