「酷い事しないでね」
しゃがみ込んで暫く構って居たが、降って来た言葉に思わず手が止まった。可愛がって居るのは良く解るが、満面の笑みで何を言い出すのか。凄まれるより威圧感を感じる。自然と彼女の足元に視線が移る。仕事の関係なのか趣味なのか、見ただけでも重そうなブーツ。これで踏み付けられたら相当痛いだろう。可愛いペットの事となると本気でやるに違い無い。重力の掛かり方次第では骨が折れるかも知れない。……と言うのは流石に大袈裟だが、兎に角堪ったものでは無い。そんな酷い事とやらをするつもりは毛程も無いのだが。
「しねぇよ。あぁそうだ、聞いて置きたい事が……」
今朝、犬と見た服の事を思い出したのだが、言い掛けて後悔した。結局彼女にあの化物の事は何も説明して居ないのだ。聞いてどうする。気持ち悪いだけでは無いか。何歳位の子供に合う服を……なんて、説明して居る自分を考えるだけでも大分気持ち悪い。
「……いや、何でも無い」
それに、アレを気に掛けてやる義理なんて無い。何度も言う様だが、頭から離れないのはそう言う意味では無いのだ。断固違う。眼の手当てと上着をやった事、それだけで充分だろう。
「えー?其処まで言っといて何でも無いの?気になるじゃん」
「忘れてくれ。そして永久に思い出さないでくれ」
思い出すも何も、用件を言って居ないのだが。その時、幸いと言うべきか彼女の携帯電話が鳴った。着信画面を見て少し嫌な顔をし、電話口に適当な返事を返して居る。今日の仕事の上司だろうか。
「面倒臭い奴……行かなきゃ。じゃあまた何処かでね」
「あぁ」
何方も一方的である。まぁ名前も知らない間柄、そんな程度が丁度良い。二人と二匹は別方向に歩き出した。