そうして集中力の欠片も無い一日はゆっくりと過ぎて行った。こう言う日に限って時間の過ぎるのは遅く感じる。ある意味では寧ろ集中して居たのだが、それはまた別の話。他人からすれば、今日の夕飯は何だとか、さっき擦れ違った娘が可愛かったとか、その程度のものと然して変わらないのかも知れない。若しくは現実逃避や何かの妄想と。
(物騒な世の中になったもんね)
本当にそうだ。善良なる成人男性の通勤路にあんなものが居るなんて。通り魔に刺される方が幾分かマシだとさえ思う。それを放って置けない自分の世話焼き振りにも正直うんざりである。逸そ妄想であってくれれば、何時か醒める時が来るのに。
「何だよ……うっ」
後ろから鎖を引かれ、何事かと振り返って見れば、良く良く見憶えのある店の前だった。今朝の光景が脳裏に浮かぶ。気付けば、あの時と同じ営業スマイルが目の前にあった。
「用なんか無ぇだろ……って言ってる傍から!」
女性店員に誘導されるまま、犬が店内に入って行く。手を離せば良いものを、鎖を掴んだままだった所為で一緒に引っ張り込まれてしまった。 店内に足を踏み入れた瞬間、それまでとは空気がガラリと変わった様な気がした。何かがふわふわと纏わり付いて来る様な……例えるなら、粉糖と生クリームの中に叩き込まれた様な。周りを見れば白とピンクと紅、絵本からそのまま取り出した様な衣装とでも言うべき服が並んで居る。中央のディスプレイ台にはカラフルに輝くラインストーンがあしらわれたバッグや小物類があり、文字通り未知の世界に放り込まれた気分である。若干挙動不審になりつつ犬と店員の方を見ると、身振り手振りと筆談だろうか、店員は頷いたり聞き返したりして居る。どう見ても世界の違う二人だが、コミュニケーションは取れて居るらしい。長くなりそうだと判断し、外で待つ事にした。