【はじめてのひと】
何時もと同じ、仕事の帰り道。
薄暗い森の中を歩いて行く。毎日違う仕事の筈なのに、不思議な事にこの森は毎日歩いて居る気がする。お陰で獣道が出来た……と言うのは大袈裟だが、毎日歩いて居る気がするのは本当の事。通る場所も大体同じ様で、何と無く景色も憶えて来る。木なんて全て同じ様に見えて、結構見分けが付くものだと思い始めて居た。
首輪と手枷を繋ぐ鎖に引かれ後ろを着いて来るのは、彼の主人であり奴隷。体の至る所に拘束具を嵌められ、重い足取りで着いて行く。その所為で歩みが遅れるのか時折鎖を強く引かれ、その度僅かながら苦悶の表情を浮かべて居る……様に見える。とは言うものの、二人の上下関係はそれ程のものでは無いらしい。先を歩く男は連れ歩く拘束具の塊を主人と呼んで居るし、蔑んだり痛め付けたりと言う事はした事が無い。その逆はと言うと、媚びる様子も無く、逆らう様子も見せた事は無い。恐らく。何せ会話が一切無いものだから、端から見れば公開する程の拷問を受けるべき輩なのかと恐ろしい想像をしてしまう。だが前述の通り、見た目より実に曖昧であるらしかった。
それにしても、妙な雰囲気の森である。此処から出れば春だの秋だのと言う季節があり、晴れだの雨だのと言う天気がある。更には、昼夜と言う時間もある。しかしこの森に入るとそれらは全くと言って良い程無くなり……と言っても感覚でしか無いが、時が止まって居ると言う表現がピッタリなのだ。 例えば、朝方に仕事へ向かい、夕方には帰路に着く。当然、朝は明るいし夕は暗い。……筈なのだが、明るさの違いを感じた事は無い。陽の光も届かない様な、こんな見事な木々が育つには、さぞ良く雨の降る場所なのだろうと思ったが、天候や気温の違いも感じた事は無い。今まで気にした事は無かったが、一度気にし出すと気になるもの。そうした所で誰が教えてくれる訳でも無く、知る術は無いのだが。 何を話す事も無く歩いて居たが、二人はほぼ同時に立ち止まった。何時も歩いて居る筈の進路に、何時もと違うものがあったから。