【貰う】
右目に十字のタトゥーを入れた少年が足早に路地を歩いて居る。転がして居る大きなキャリーバッグは余り持ち馴れないものらしく、足元の段差や曲がり角に頻繁にぶつけて居るが、然して気にする様子は無い。あっと言う間に陽は沈み、夕焼けは薄闇へと変わり、空気も少しずつ冷え始めて来る。彼はこの時間帯が好きで、何時もはのんびりと帰路に着くのだが、今日は少し急いで居る様だった。
薄暗い廊下を抜けて明かりの洩れるリビングを覗くと、帰りを待って居たのか偶然なのか、テーブルに香ばしい香りを振り撒くミートパイが並べられた所らしかった。別の何かが乗った皿を持った琴珈が奥から出て来た。下着姿にエプロンと言うなかなかに刺激的な格好だが、実弟である猟は見馴れて居るのか気にする様子は無い。キャリーバッグを傍に置き、自分の定位置に腰を降ろした。今日は肉が喰べたいと思って居たので、ミートパイは嬉しいメニューである。偶然とは言え急いで帰宅した甲斐があると言うものだ。
「お帰り。それ何?」
「未だ見てない。貰ったんだ」
疑わしい表情を向ける琴珈だが、猟は気にせずパイを口にした。
「誰に。怪しい……」
「シャチさん。怪しく無いだろ」
「あんたシャチの事大好きよね。余計怪しいわ」
猟の足元に鎮座する紅黒いレザーの様な材質を、琴珈は少し離れた所から見た。下手に触って妙なものが入って居たら嫌なので、取り敢えず見るだけ。擦り傷は少しあるが、猟が付けたものが多数と思われる。それ以外は綺麗な様で使い込まれた感は無く、新しめの物の様だ。重さは解らないが、猟が持って来た時の感じからしてそれなりの重さがあるらしい。更にシャチに貰ったとなると……やはりマトモなものでは無い気がする。
「んー、そう言えば……ナマモノ?って言ってたかも」
「嫌だ早く開けてよ、私は此処から見てるから」
琴珈を半ば無視して猟は新たなパイに手を伸ばす。そう言えば、生物だから早く帰れよ、と言われて急いで帰って来た様な。今や空腹と肉喰べたい欲を満たす為にと変換されつつある。琴珈が伸ばした手を叩いた。パイを掴んで居たら落として居たであろう勢いで。猟は軽い痛みが走った手を引っ込めもせず、不満気に琴珈を見た。