冷たい腕の中で、このまま永遠に走り続けるのではと思い始めた頃。開けては居るが人気の無い路地で彼女は急に立ち止まり、崩れ落ちる様に膝を着いた。緩んだ腕から漸く抜け出す。
「御免ね、何か咄嗟に手が出ちゃったみたいで」
結構な距離を走った様だが、彼女の呼吸は乱れて居ない。……そもそも、呼吸をして居ただろうか。
「痛みってさ、私が思ってるより大事なのかも。今気付いた」
「はぁ?」
声の感じは以前と変わらない様だが、その表情は暗い。表情も周りの景色も暗いのに、やはり眼だけが不自然に明るく浮かんで居た。
「さっきの……何だか解らなかったんだけど。腰の辺に何かぶつかったのかと思ったら、撃たれたみたいなんだよね」
白い手袋がぼんやりと薄闇に浮かび、撃たれたであろう場所を押さえた。黒いスカートを伝って紅黒い雫が地面に落ちるのが見えた。銃弾一発とは言え、生身の人間なら走るどころか立てないのでは……と、俺でも解る出血量。
「血……なのかな……こんなに出てるのに、ちっとも痛く無いの。命の危機とか、全然感じない」
誰かが……あの刑事以外の人間が通り掛かれば、助かるかも知れない。そんな風に思ってしまうのは、俺が生きて居るからだろうか。他人事とは言え、何処かで恐怖だとか拒絶と言う反応を示して居る事に違いは無いのかも知れない。此奴は機械だから、死に対してそれが既に無いとそう言う事か?
「怖い……か?」
「解んない」
何故、彼女は止血処置をしないのだろう。助けを呼ぼうとしないのだろう。
「解んないから……自分が知らない内に死んじゃうね、多分」