【不死】
通り掛かった路地裏で寝て居た男は薄っすらと眼を開け、立ち止まった俺を見た。初対面の彼に用事がある筈は無いが、どう見ても異常な事態である事と物珍しさとで視線が外せない。
「……何だお前」
状況にそぐわない、意外にしっかりした声。俺を見たままゆっくりと上半身を起こす。すっかり乾いた紅黒い破片を払い、物珍しさの要因である部分に眼を留めた。あぁそうか……とか何とか言いながら彼が手にしたものは、腹に深々と突き刺さるナイフ。相手が殺すつもりで刺したのは間違い無い様だ。要約すると、腹にナイフを刺された男が血の海に倒れて死んで居た。と思ったら、寝て居ただけだった。ナイフは刺さって居たけれど。可笑しい部分が多々あるが、こう言う事らしい。
「あぁ……久し振りに良く寝た……」
何でも無い様にナイフを引き抜き、何か呟きながら真っ紅に塗れたそれを放り投げた。当然傷口からも血が吹き出して居るが、気にする様子は無い。止血をしようと言う気も無いらしく、痛みすら感じて居ない様に見えた。
「生きてる……のか?」
妙な質問だと思う。しかし、この状況を見れば誰もが同じ質問をする筈だ。
「生きてる……か。其処にカテゴライズされて良いのかどうか」
既に乾いては居るが、地面に広がる量を見れば刺し所が良かったとは思えない。仮にそうだったとしても、起き上がってナイフを抜くなんて在り得ない。半ば呆然として居る俺を見て薄笑いを浮かべ、彼はゆったりと立ち上がった。
「また逢ったら教えてやるよ」
血の破片を払い、何事も無かったかの様な足取りで彼は消えて行った。あの傷から落ちる筈の血痕は無く、紅黒い破片は緩やかな風に舞って行った。