すっかり見慣れた月に照らされる、太陽が昇らない街。穏やかな所が多いがそれは表向き。一度裏側を覗くと、暗く重いものが引き摺り込もうと腕を伸ばして来る。この辺りは治安も悪いし近付くな、と彼奴に言われて居た。……様な気がする。此処何日か彷徨いて居るが、人間の決めた事は人間にしか当て嵌まらない。用心しろと言う事だろうが、何事も好奇心には勝てないのだ。
「あ、猫……」
此方に向かって歩いて来た男が俺に目を留め、そのままじっと凝視して居る。暫く互いを見て居たが、男は目線を合わせようとしたのかその場にしゃがみ込んだ。逃げる理由は無いし、かと言って触られるのは嫌だな……と思いつつも特に目的がある訳でも無いので、同じ様にその場に腰を下ろした。
「……変な奴」
向こうもそう思って居るだろう。
「此処で見掛けるのは狂人と鼠位だからね。猫なんて久し振り」
微妙な距離を保ちつつ、中身の無い会話が何と無く続く。ふと目に付いたのは、太股辺りに下げられた銃。持つ事が珍しい訳では無いが、彼奴の言う治安の悪さが解って来た気がする。「狂人と鼠しか見ない」と言うのは……
「君の行動範囲って広いの?彼の事見なかったかな、見た事憶えてる?」
胸元から取り出した携帯端末の画面を此方に向けた。其処には見憶えのある人物が写って居る。
「あぁ……見た事ある様な」
暗闇に浮かび上がる画面に映って居る男は、先日のナイフを刺して寝て居た男に良く似て居た。
「この先の路地だったかな。二、三日前の話だけど」
余り来た事の無い場所だから正確な自信は無いが、大体合って居るだろう。
「本当?此処に来てるのは間違い無いんだ……」
画面の光が曖昧な表情を照らす。それが消える瞬間、口元に微かな笑みが浮かんだのが見えた。