【料理人】
この辺りに来たのは初めてだと思う。真っ昼間と言う事もあり、空気も時間もゆったりと過ぎて行く気がする。何と無く気に入った建物の屋根に上って温かい陽射しを浴びて微睡みながら街を眺めた。歩いて居る時も思ったが、この街はレストランやらカフェが立ち並んで居て其処に出入りする人間が沢山居る。お腹が空いて来そうな匂いや甘い匂いがそこかしこから流れて来る。しかし今は食欲より昼寝を優先する。
「行って来ます!」
飛び出して行く二人の人間が眼下に見えた。見送る様に出て来た後ろ姿が手を振って居る。二人が見えなくなった辺りで振り返り、戻って行った。此方をチラリと見上げたが、俺に気付いて無いのか興味が無いのか、何か反応する事は無かった。 大抵この位の時間は寝て居て出歩く事は少ないのだが、陽射しが気持ち良いし、たまには良いなと思える。まぁ今も寝ようとして居るのでそんなに変わらない様な気もするが、気持ちの問題。屋根の上なら誰かに邪魔される事はそう無いだろう。人間はどう言う訳か猫を見ると触ったり餌をやりたがる。他の猫は知らないが俺はそれを鬱陶しいと感じるので、出来れば避けたい。だから基本的に人通りの少ない夜に出歩く訳だが。 遠くの雑音が心地好い。良い町だなとぼんやり思いつつ、沈んで行く意識に任せて眼を閉じる。
「………………!」
何か聞こえた気がしたが、今は寝るのに忙しい。俺に向かって言ったのか解らないし、何を言ったのかも解らない。欠伸をひとつして屋根の下を見下ろすと、人間が此方を見て居た。
「気を付けてー!」
それが聞こえたのとほぼ同時(だったかも知れない)に、何かが降って来た。いや、降って来たのでは無い。包まれたのだ。急に視界が真っ暗になった。
「う……わ……ぁあぁあああッ?!」
多分死んだ。 そう思った。
「なに……ちょっ……何?!うわぁああ?!!」
状況が解らないのだから、ひたすら混乱するしか無い。何かに爪が引っ掛かる。体が浮く様な感覚があり、本当に死ぬと思った。