三月兎に取って、この終りの無いパ―ティは然程重要なものでは無かった。では何故此処に居るのかと言えば、それを彼自身が決める事は出来無いからだ。あの人がそうしろと言ったからに他ならない。幸いな事に出て来るものは美味しいし、理由も目的もあるので退屈はして居ない。ただ座って紅茶を飲んで、美味しいものを喰べるだけでも取り敢えずは良いと思える。不思議な事に、彼の腹が満たされる事は無いけれど。
「無くしたのはあんたの所為だ」
あの時は、何故かそれを感じた。片耳が落ちたあの時、訳が解らなかった。耳が無くなった事では無く、初めてかも知れなかった感覚の事。もう嫌だと思った。けれど、何処かで悪くないとも思った。興味深い、とも。しかしあの時以来、同じ感覚が巡って来る事は無い。どうすればまた感じる事が出来るのか。同じ事を……いや、ひとつしか無い耳を無くす訳には行かない。流石に。自らを傷付けられる道具は直ぐ其処にあるのに、何の役にも立たない様だった。
「……それは?」
異様に紅いティーカップの中身に浮かぶのは、濁ったオレンジ色の球体。黒い模様らしきものが見て取れる。一体何だろう。
「チェシャ猫が持ち出して来たらしいよ。蛙の」
何時の間にやらケーキの上にも乗って居る。上手い具合に並んで居るそれと目が合う。気味が悪い様な……可愛い様な。口に入れるのは遠慮したいと思うであろう紅茶とケーキ。彼等は気に留める事も無く喉へと流し、ナイフを入れ、フォークを刺す。
何時の事だったか、寝惚けた鼠に右手を刺された事があった。ケーキと間違えたらしいが。そう言えばあの時は何も感じなかった。
……違いは何だろう?
【深紅の欲望】