ユメだったのかゲンジツだったのか、今になってみても良く解らない。その言葉の意味も良く知らないけれど。
ある時、どの位前の事かは忘れてしまったが、彼が目を醒ますと帽子でも兎でも無い姿があった。またか、と溜息を吐いて、片耳の兎が淹れてくれた紅茶を飲もうとした。ティーカップを持った時に酷い頭痛が襲って来る。良くある事だ。最初の痛みでカップを落とす。それはテーブルにぶつかり、幾つかの破片になる。ぶち撒けた紅い液体に突っ込む様にテーブルに頭をぶつける。
痛い。痛い痛い痛い!
どうしてこんなに痛むんだ!
だから嫌なんだ!
嫌なんだ……
「……おや、珍しい」
暫くそうして居たが右からする声に気が付いて、ゆっくりと顔を上げた。目を醒ました時と同じ光景があったが、何かが違う気がした。帽子でも兎でも無い姿は消えて居た。椅子も無かった。目を醒ましてから頭をぶつけるまでの時間、眠って居たのか?起きて居たのか?境が解らない。あんなに酷かった頭痛は、今は少しだけ治まって居た。
「腹減ってる?嫌いなのしか無いと思うけど」
片耳の兎が新しい紅茶とドーナツを目の前に出してくれた。穴の空いたそれを良く見てみる。何故こんな形なんだろう。初めて手に取ってみた。甘い匂いがする。初めて一口かじってみた。ふわふわしてる。甘い。思ったより悪く無い。美味しくは無い。
「……もう要らない」
多分……ユメとかゲンジツでは無く、頭痛の所為で見えた何かだったのだろう。此処での記憶なんてものは、この上無くアテにならない。それが見馴れないものであれば尚更。だから嫌いなんだ。
【無常の暗青】