自分が気付かない内に死んでしまうかも知れないが、それはそれで構わない。逸そ痛みを感じない体に造ってくれれば良かったのに、と、常々彼は思って居る。痛みの中に居る事が当たり前になりつつあるが、馴れると言っても完全に無くなる訳では無い。あの人に……いや、大抵のモノに代えが利くこの世界に取ってはどうでも良い事なのだろうが。白い薔薇が紫色になるのは彼の……針鼠の眼が傷付いて居るからで、それには恐らく白以外は映らない。ペンキ塗りが全く働かない所為で、針鼠の傷が癒える事は無い。
「……足りない」
首に掛けた縄を掴む。頭部を踏み付け、縄を力の限り引く。居眠りしたまま死んで行くなんて奴等にすればこれ以上無い、文字通り夢の様な死に方の筈だ。骨が軋み、折れる音と他にも可笑しな音がするがどうでも良い。兎に角紅い色が足りないのだ。地面に落ちたそれから紅い色が溢れる。針鼠は自らの針を一本抜き、既に絶命したかも知れないそれを何度も刺した。物音に緑のクラブが目を醒まし、針鼠に気が付いた。同胞が目の前で惨殺されて居るが、然程驚いては居ない様子。どのトランプも殆ど同じ姿なのに、大抵こうなるのがハートである理由は簡単。紅いから。それだけ。
「お前が塗る訳じゃあ無いのに……只の欲求だな、マゾ野郎」
針鼠がクラブの首の縄を掴んだ。その辺に転がされたハートと同じ姿になると知って居たが、クラブはやはり驚いたり悲観する事は無い。寧ろ眼を細めて笑って居る。不愉快なトランプ共を殺しても全くの無意味なのだが、そんな事はどうでも良かった。
「……解ってるなら働けゴミ屑」
クラブを引き倒し、胸の辺りを何度も踏み付ける。そうして、紅いペンキの入った缶を蹴飛ばした。
【黒と菫の傷口】