「……腹が減った」
紫色の葉を付けた大樹の元に、白い花と黄色の花が咲いて居た。二輪は何やら楽しそうにお喋りして居て、今まさに降り掛かろうとして居る災厄に気付いて居ない様子。気付いて居たとしてもその場から動けないので、敢えて無視するかも知れない。例えばこんな状況でも。
「何するの!」
樹上から飛び降りたチェシャ猫が黄色の花を踏み潰した。隣の白い花は逃げる事も助ける事も出来ず、ヒステリックに叫ぶだけ。空腹のチェシャ猫は八つ当たり気味に白い花を蹴飛ばした。茎と葉を残して花部分が飛んで行く。しかし暫くすると同じ所に新しい花が咲き、再び喋り始めた。主にチェシャ猫への文句と愚痴を。
「キャーッ!」
今度は黄色の花が叫んだ。隣で喋って居た筈の白い花はチェシャ猫に毟り取られ、抵抗のひとつも出来ずに彼の口へと突っ込まれた。
「……不味い。五月蝿いし不味いし、花って大嫌いだなぁ」
騒ぎ立てる黄色を踏み付け、再生し始めた白を蹴り飛ばす。何が喰べたいかと考えながらチェシャ猫はゆったりと歩き始めた。何処へ行けば喰べるものがあるかは解って居る。腹の中が五月蝿いのは先程飲み込んだ花では無く、自身の腹の虫である。
「蛙か魚か……いや、やっぱり久し振りに……」
面倒臭い芋虫のキノコを横取りするのも良い。何の意味も無いお茶会でケーキをつまみ喰いするのも良い。城の庭に咲いて居る薔薇を喰べ比べるのも良い。厨房で凄い御馳走を催促するのも良い。要するに何だって良いのだが、ふと思い出した味があった。どの位前かは忘れたが、過去に一度だけ喰べたもの。アレに一番近いのは恐らく白兎だろう。しかし、彼を襲う訳には行かない。こればかりは待つしか無い。
「……腹が減った」
【暴食千里】