【リディカ/アニェ/モノクロ】
出逢ったのは人間だった。それも、良く知った顔の少女。
「……姉さん……?」
影の様な傀儡に背中を押されて少女の前まで進んだが、久し振りの再開を喜ぶ気にはなれなかった。見る限りでは無事な様だが、この状況は果たして無事と言えるのだろうか。生きては居るけれども。
「失敗しちゃった」
握った手は温かかった。ヒトである証。しかしそれ故に喰いものにされて居るのは一目瞭然であり、辛うじて繋いで居る自我も奴等を楽しませて居るのかと思うと、此方はどう感じるのが正解なのか解らない。
「アニ……」
彼女の……アニェ傍に何かが現れ、背後から抱き留める様に腕が伸びる。その姿がはっきりと見えた時、全身が怖気立ち、物凄く嫌な予感がした。握った筈の手がすり抜けて空を掴んだ。
「姉さん御免……あのね」
アニェの唇を悪魔が塞ぐ。悪魔は此方に見せ付ける様にアトミスの刻まれた舌を出した。
「名前、アニェって言うんだ」
「お前……ッ」
喰い千切るなりすれば良いのに、アニェには出来無い。即ち彼女は奴の手に堕ちて居ると言う事。それを解らされた今、絶望すべきなのか怒るべきなのか、どうしようも無い苛立ちに似た何かが腹の底から沸き上がって来る。武器は無い。傀儡は役に立たない。
「お前……アニェに何した……?」
「怖ぁ!本人に聞いてみたら?」
おどけた様に笑ったそれは彼女に囁く。ゆっくりと此方に向き直り、虚ろな声でアニェは呟いた。
「あのね……堕ちちゃった」
改めて突き付けられる事実にリディカは卒倒しそうだった。悪魔の言う事は信用ならないが、アニェが。本人が言った事。そして目の前で始まるおぞましい行為。 折れるかもしれない……と、今、初めて思ってしまった。