近くて遠い。離れて傍に居る。どちらも矛盾して居るが、彼を良く現して居る言葉である。同一人物であり全くの別人であるヒカルドと言う二人の超人は両親に、師匠に、仲間だと思って居た者達に、取り巻く全てに翻弄された。彼に近付き持て囃す者達は単なる物珍しさだと言う事を、理解者は何処にも存在しない事を、彼は身を持って知らされた。
「不確かなものを信じるか?お前の本心は?言ってみろ、本当はどうしたいのか」
両親の事は憎んで居ない。と言うか、憎む程憶えて居ない。声も、容姿すら思い出せるものが余り無い。何故息子を外に出そうと思ったのか、パシャンゴは何故それを受け入れたのか。真相を聞く前に双方共に死んでしまった。両親は息子にどう成長して欲しかったのだろうか。時折見える幻覚は暗い道を指して居る様だが、何にせよ正義超人の教育を受けさせた理由はもう永遠に解らない。
「不確かなもの、だと?それはお前の事だろう……!」
パシャンゴ師匠の事も、憎んでは居ない。悪は悪だと最初に罵ったのは彼であり、あの場で死ぬのは本当は自分だったのかも知れないが……結果的に殺してしまったが。正義超人としての教育と関節技の基礎と奥深さを教えてくれたのは他の誰でも無く彼、実質的な親なのだ。事故とは言え殺した事実故に憎まれて居るだろうが異論は無いし、今でも尊敬して居る。
「……いや。俺の本心はお前だが、お前の中には俺が居る。どちらが、なんて決する訳が無かろう」
しかしどんなに強く思って居ても、逆らえない。激しい血の衝動はどうしても抑えられない。肉を斬る、骨が折れる感触。苦悶。鮮血。鼓動。絶命の瞬間。自身に流れる黒い血が蠢く度、欲望と衝動に寄る快楽に飲まれてしまう。それが露呈した時、仲間だと思って居た正義超人は助けを求めた彼を拒絶し切り捨てた。血で汚れた者は受け入れられない、やはり悪は悪なのだと。
「そうだろうな。自らに苦悩するお前の姿はこの上無く美しいと言うのに……」
唯一d.m.pだけが醜い容姿も残虐行為も経歴さえ咎める事無く、彼を必要とし受け入れてくれる。ヒカルド自身この場所は心地好いと思って居るし、実際此処以外ではマトモに生きられないであろう事も解って居た。しかし、正義超人で居たいと言う思いは自身が認識して居たよりも遥かに強くあったのだ。それが過酷な選択であっても、執念にも似たそれが消える事は無かった。
……少し前までは。
「俺に……いや、お前にそんな感性があったとはな。それならば……」
拒絶され続けた正義超人は深淵へと自ら身を投げた。己を喰らい、己を殺し、抗いたかった筈の衝動に溺れ、血に塗れて生きる事を選ばざるを得なかった。深い深い闇へと自ら堕ちた時、ヒカルドと言う正義超人は死んだ。
「次はお前だ。抵抗してみろ、正義超人らしく。大人しくな……」
【冷たい太陽】