体温の無い、正式な“命”では無いリンリンシーにもそれなりの感情はある。嬉しいとか悲しいとか、好きとか嫌いとか。そんなものを意識した事は無かったけれど、今は痛い程に感じる。白い羽毛の下にある全ての組織が黒いドロドロしたものに飲み込まれて行く。臨獣殿の梁に白い怪鳥、ルーツがじっと蹲って居た。大事そうに抱き締めた漆黒の刀を愛おしそうに撫で、聞き取れない程の微かな声で何かを呟いて居る。
「ラスカ……僕が死んだと思ったんだね……」
彼が時折呟く名前。それは長年寄り添って来た、狂おしい程愛して居た相棒の名前である。闇色の体を持つ臨獣クロウ拳のラスカ。ルーツが抱えて居る刀はラスカが生前愛用して居たもの、彼の形見。ラスカの名を口にする度、胸の辺りから引き裂かれそうな程に、体が酷く痛む。ドロドロしたものが体内を侵して行く。ただ悲しいだけでは無い、これは一体何なのだろうか。
「……?」
不意に、何か聞こえた気がした。今、この部屋には自分以外誰も居ない筈。下を見回しても誰も居ない。
「……誰……」
聞き間違える訳が無い。 ぼんやりしたまま、抱えて居た刀を見た。……可笑しくなってしまったのだろうか。現世にはもう居ない声が聞こえる。鈍く痛む頭に響く、愛しい声。また逢えるのなら、一緒に居られるのならばこのまま狂ってしまうのも悪く無いと思う。ふと感じた気配に顔を上げると、音も無く立って居たのは空の拳魔。
「ルーツよ、憶えて置け。それが憎しみだ」
空間を切り裂く鋭い眼光がルーツを突き刺す。拳魔の前だと言うのに、平静を保って居られない。愛しい声が自制心の邪魔をする。気を抜けば目の前の拳魔にさえ飛び掛かってしまいそうな、彼の知らない感情が渦を巻いて痛む頭を混乱させる。
「その憎しみを糧に更なる臨気を引き出せ。臨獣拳に置いて、憎しみは大いなる力となる」
体内を這いずり回るドロドロが重く、冷たくなる。
「仇を、取れ」
拳魔の低く唸る様な声に、ルーツの中の何かが壊れた気がした。ひび割れたそれは、愛しい者の手に寄って小さな破片となり砂となり、消えて行った。暗く、冷たく、重たいものが臨気となり彼の周りに邪悪な渦を産み出して行く。
「仇……だって……?」
闇色の刀に向ける視線は熱を帯び、愛しい者を見詰めるそのもので。しかし、その奥には暗く燃え盛る狂気が滲んで居た。
「何?……欲しいって?……うんうん、そうだねぇ……」
「僕も彼奴等が憎いよ……ラスカ……」
【抱懐/END.】