暫く歩いて行くと、妙な違和感を憶えた。それは酷くぼんやりして居てはっきりしたものでは無いが…体の内側からじわじわと侵食されて行く様な、嫌な感じ。変わり様の無い景色を見ても解らないが、何かが可笑しい。彼方此方に居た鴉達も姿を消して居た。
「血……いや、鉄錆びの匂い……?」
明らかな異変に気付くと、自然と歩みが遅くなる。込み上げる不快感に、無意識に口元を抑えながら暗闇を見回した。
「これはこれは……意外な客が来て居る様だ」
背筋に嫌な感覚が走ったと同時に、その声は語り掛けて来た。酷く聞き憶えのある声は、くぐもった足音と共に近付いて来る。漆黒に映える黄金の仮面、良く見知ったその姿。
「スレイド……?!」
黒と銀のプロテクターを纏った紳士は、ゆったりとした足取りで此方に向かって来る。レイヴンの直ぐ目の前まで来るとその歩みを止め、珍しいものでも見る様に眼を細めて彼女を見下ろす。それが酷く屈辱的で、レイヴンは眼を逸らした。
「嘘……何であんたが此処に居るのよ……」
無意識に数歩、後退る。それに合わせる様に、スレイドも数歩踏み出す。
「だって此処は……」
「君の世界、か?」
その言葉が終らない内に、レイヴンはその場から逃げようと飛び立った…筈だった。彼女の体は一瞬浮いたがその直後、再び地面へと引き戻された。
「……?!」
がくん、と視界が揺れ、地面に叩き付けられる鈍い痛みが全身を襲う。その間も、黒い紳士は距離を縮めて居る。
「此処では君の力は使えない。気付くのが遅いぞ、レイヴン?」
体が妙に重く感じる。こんな事は今まで一度だって無かったのに。スレイドの右手が此方に向かって伸ばされるのが見えた。