"006"
――あれからどれ程経ったのか…。
彼の体は随分冷たくなったにも関わらず、まだ息があった。
虚ろな瞳のまま浅い呼吸を繰り返し、時に喉をひゅうと鳴らした。
彼の血はこの上なく甘く、少し温度は下がってきていたが申し分なかった。
もう片足を三途の川に突っ込んでいると言うのに、
彼は穏やかで満足したような表情を浮かべていた。
先程まで頬を伝っていた涙もすっかり乾き、
薄らとその跡を残すのみとなっている。
肌には血の気も無く、酷く青白かった。
そろそろ食事も終わりを向えるべきだろう。
私が彼の首に最後の口付けをし、顔を上げる。
彼は名残惜しいのか、目蓋を微かに揺らすと、辛そうに息を吐き出した。
私に最高の食事を提供してくれた彼へのせめてもの礼に、
彼の死を見届けてやることにした。
腕に抱いたまま、そっと乱れた髪を梳いてやる。
『おぉ、磯姫殿…』
背後から呼びかけられるも、私は振り返りもせず、
死を迎えようとしている彼の頬を撫ぜ続けた。
小さな舌打が聞こえたが、それさえも無視した。
『磯姫殿、お食事は御済でしょう?』
声の主は私が抱え込んでいる彼の手を取りそう言うと、
ずいと寄り、醜く笑った。
その者から発せられる生臭い匂いに顔を顰めずにはいられなかった。
私はきつくその者を睨み付け、彼に添えられていた手を叩く。
「その醜い顔を引っ込めぬか、餓鬼。今直ぐ消されたいのかえ?」
『あな恐ろしや。滅相も御座いませぬ。ただその骸の後片付けをばと思ったまで。磯姫殿のお手を煩わせるまでも無きことかと…。』
「ふん。ただ息のある者を食らいたいだけであろう?」