"007"
『くくくっ!それは話が早よう御座いますな。是非ともその獲物が息のある内にお零れを頂戴致したく…。』
「では己の手で何処ぞでなりと狩って来てはどうだ?これの息のある内は其方になぞくれてやるつもりはない。失せよ!餓えに縛られし、さもしい輩め!」
『貴方様にとって最早それは芥では御座いませぬか。何故手放しませぬか…』
「其方の知ったことではなかろう?しつこいぞ!」
殺気を込めそう言い放つと、それは飛び退き波打ち際で身を竦めた。
ちらりと一瞥くれてやると、それは転がる様に浜辺を横切り、
松林の奥へと消えて行った。
私は小さく溜息を漏らし、手の中の彼へ視線を戻す。
彼の呼吸は正しく虫の息だった。
潮騒にかき消され、聞き取るのさえ困難な程に…。
私は彼の胸に微かに残る血を綺麗に舐め取り、乱れた旅衣を正した。
夜明けを待たずして彼の命は消えゆくだろう。
「さあ、竜之進様…ごゆるりと御休み召され」
髪を撫で、耳元でそう囁き掛けると、彼の体はがくりと完全に力を失った。
その顔は無理に命を奪われた者であるのを忘れてしまう程に穏やかだった。
折角の美しい骸。餓鬼などに食わせるには惜しい。
私は他の物の怪達が去る夜明けまで彼の骸を腕の中に囲っておいた。
陽の光が海岸線を照らし始める頃。
私は彼の骸を抱き上げ、浜辺を歩く。
そろそろ漁師達が濱へと出てくるだろう。
彼らが見つけ易い様に舟小屋の傍へ彼の骸を横たえた。
きっと彼らが彼を弔ってくれるだろう…。
食事には敬意を払うべきだ。
―――特に最高の食事には…。