”005”
「お前の願い、叶えたぞ」
まるで春の陽射しの様な男の暖かさに、ぼうっとしていた僕は、のろのろと顔を上げた。きっとみんな幸せになったんだろうなと、上手く働きそうも無い頭でぼんやりと思う。
「見届けるか?」
指で僕の髪を梳きながら、男はあやす様な声音で僕に問い掛けた。僕は特に深く考えもせず、小さく首を振る。
「いい」
僕にとっては叶っていようが、いまいが、関係の無い願いだった。男が叶えたと言うのならそれでいい。わざわざ見に行く必要性も感じなかった。何より、僕が叶えて欲しい願いも、今こうして叶っているのだから。
「そうか…、じゃぁ行こう」
少し残念そうに言うと、ゆっくりと僕から身を離して男は僕の手を取った。
「うん」
大きな掌に包まれて、僕の中に安心感が広がる。これから起こる事に微塵も恐怖を感じなかった。どんなに求めても、手に入れることの出来なかったもの。それがこんなにも直ぐ近くにあるのだと思うと、堪えきれず笑みが零れる。
「願い事、叶えてくれてありがとう」
僕は男に引かれる手にそっと力を込めた。僕は男と共にこの世界から消える。もうすぐ綺麗な瓶に入れられて、僕の魂は男の部屋の一番の場所に飾られるのだ。また何時か綺麗だと言って瓶の中の僕を眺めてくれるだろうか。僕はそんな淡い期待に胸を躍らせて、この世界を後にした。