"002"
波打ち際に沿って動く人影一つ。
淡い月光に照らされて水面に影を落としている。
それは旅衣を潮風にはためかせた若い男だった。
彼は私に気付きやや歩みを速めたかと思うと私の傍で立ち止まった。
「如何なさりましたかな?娘さん。」
そう言って彼は私の顔を覗き込み、親切そうに優しく微笑みかけた。
「嗚呼、旅の御方。ご親切痛み入りまする…」
「このような時間に人気の無い場所は危険ですよ?さぁ、手を御貸し致しましょう。何処かお怪我は御座いませぬか?」
座り込む私の手を取り立たせながら、彼は私を気遣った。
この後自分が手を差し伸べた者の餌になるとも知らず…
なんと言う御人好し。
哀れで、儚く、愚かで、美しい。
(さぞかしこの者の生き血は美味かろう…)
「旅の途中、供の者と逸れてしまい途方に暮れておりました。」
「なんと。それはお困りでしょう…私で宜しければ近くの宿場までお供致しましょう。娘さんお独りではこの夜道、聊か心許無い。」
「おぉ…それはなんと頼もしい事で御座いましょう。」
そう言って私が微笑むと男の顔が綻ぶ。
私を想えば想う程、彼の血は濃く、甘く、旨味を増してゆくだろう。
甘美な彼の血の香りが皮膚の下から溢れ、潮風に乗り、私を魅了する。
私は隣を歩く彼の指にそっと自分の指を絡めた。
僅かに驚いた様だったが、ほんの少し力を込めて握り返してくる。
心細さに手を取ったとでも思っているのだろう。
やんわりと微笑みを浮かべ、一時私を見やり歩みを進める。
指を伝い流れる彼の体温は程好く、私の好みだった。