"004"
ややあって、彼は歩みを止めたかと思うと突然私をその腕に囲った。
直ぐ傍で嗅ぐ彼の香りが、最早私の理性を振り切ろうとしていた。
自分の口から熱い吐息が漏れる。
私は慌てて辺りを見廻し他に人気が無い事を確認した。
少し離れた所から同じ様な物の怪の気配を感じるが、
彼以外に人間はいないようだ。
「竜之進…様」
「嗚呼…お磯さん」
彼は私の顎を掬い口付けた。
何度も何度も啄ばむ様に唇を重ね、
今にも溶けだすのではないかと思わせるような目で私を見つめる。
顔に掛かる彼の暖かい息が濃くなった血の香りを漂わせ、
私の気は其ればかりに惹かれてしまう。
(嗚呼、なんて美味しそうなのだろう…)
彼の濡れた瞳には私しか映っていない。
今や彼の体内を巡る血液も時を刻む毎に甘さを増してゆく。
まるで熟れた果実の様だった。
――方に食べ頃だ。
私の羽織をするすると剥ぎ取る彼の首にゆっくりと腕を回し、
近付いた彼の首筋に優しく口付ける。
「お…磯……」
淡い吐息と共に私の名を呼び、ぐずぐずとその場に崩折れ座り込む彼は、とても美しかった。私が耳元でそっと彼の名を囁くと、私を包み込む腕に込められていた力も抜けてゆく。
私が旅衣の襟をはだけさせていると言うのに抵抗することもなく、彼はただ熱っぽい視線を私に向け為されるがままだ。
肩までも露になった彼の胸にに指を這わせ、脇の下へと腕を差し入れる。
首の後ろへ手を回し、髪に指を差し入れた。
月の光に彼の白い首筋がぼんやりと浮かび上がり、薄らと赤みが差す。
微かに浮かぶ青い筋が波打つ様は、私の心を捕らえて放さない。