「オレ、まだ死にたくないよ…、アリス。今ならまだ間に合うかもしれない。だから、放してよ…。ね？」

兎は縋るような眼差しで、懇願する。こんな状況で、そんな風に言われたら…

(尚更放したくなくなる)

どうしようもない程の愛しさが込み上げ、私は柘榴のように赤く瑞々しい兎の唇に口付けた。ほんのりと血の味が口に広がる。たっぷりと時間を掛けてそれを味わい、傷口に滲む血を舐めとってから唇を離した。その間、特に抵抗はされなかった。やっと観念したのだろうかと、私は兎を見やる。

大粒の涙をはらはらと零しながら、ぎゅっと目を瞑って固まっていた。兎の白い肌が、絶えず流れる涙で赤く幾筋もの跡に色付く。親指の腹で兎の涙を拭ってやるが、きりがなかった。とめどなく流れ落ちる涙にまた唇を寄せる。

「オレ、殺されちゃう…。厭だよ、アリス。まだ死にたくない！」

跨がる私のスカートの裾を握り締め、震える声で兎は何度もうわごとの様に死にたくないと呟いた。

不意に視界の端で光る物を捕えた。目をやると、それは懐中時計だった。こんな時でも決して手放そうとしない。いかなる時も時間に縛られ続ける可哀相な兎。彼の懐中時計は間もなく３時を差そうとしていた。

(――３、２、１、ゼロ…)

『タイムアップ』

兎は恐怖に目を見開き、恐る恐る懐中時計に視線を落とす。信じられないのか、信じたくないのか…。兎の体が小刻みに震える。何度も首を振り、声にならない悲鳴を上げた。