『言ったでしょ、アンタを気に入っているからよ。』

いよいよ兎は嗚咽を漏らしむせび泣いた。息を吸う度にひくりと揺れる滑らかな肩も、時々露になる真っ白な喉元も、この微かな木漏れ日の中で神々しささえ感じさせる。流れ落ちる涙はまるで真珠の様…。

泣き崩れる兎の額にそっとキスを落とす。身を捩り抵抗するのを無視して、私は無言のままに繰り返す。時折長い耳ごと頭を撫でながらそうしていると、何時しか兎の抵抗も弱まっていった。

『アンタが自分を哀れんで泣いている姿も愛らしくて大好きよ。けど、そろそろ現実問題として選択すべき時じゃないかしら？』

森の奥、暗がりから風に乗って聞こえてくる幾つかの足音。短気な女王がもう兵を放ったのだろう。塞ぎ込んでいた兎の耳にもその音が届いたのか、みるみる内に青ざめてゆく。

「ぃゃ…だ……。厭だ！死にたくない！！」

『もうアンタがどんだけ必死に逃げたって、きっと無駄でしょうね。けど…、私ならその命助けてやれるわ。――選びなさい。』

兎の怯えきった瞳が忙しなく動く。足音は直ぐ傍迄迫っていた。追い打ちを掛けるかの様に、トランプ兵達の話し声が聞こえる。

私が兎を連れ去ることは簡単だ。しかしそれでは意味がない。兎自身が自分の意志で私のモノとならなければ…。身も心も全て私のモノにしたいのだから。

「アリスのに、なる……」

消え入りそうな声だった。そしてこの瞬間、兎は確かに私のモノとなった。嬉しさが込み上げて、これからの事を思っただけで笑みが零れた。

堪らず抱き締めようと手を伸ばした途端、兎は断末魔にも似た悲鳴を上げた。今更ながら、自身で下した決断に恐怖して……。