突然腕を掴まれ、驚きに兎を見やる。自ら掴んだ私の腕の血の感触に、兎は顔を歪めた。そんなに恐いのなら、しなければいいのに…。本当ならしたくないような事を、私の為にと無理にしているのだ。そう考えると、私の顔は無意識の内に緩んでいった。

「手当て、しなきゃ…」

兎はなんとか自分を奮い立たせ、そう独りごつ。そして徐に私の手を舐め始めた。私が咄嗟に手を引くと、兎は嗜める様な目を向けて私を見上げる。その健気な様子に私は小さく溜息を漏らし、已む無くされるがままにした。兎は再びゆっくりと私の手をとり、傷を舐める。

傷口と、その周りの血を綺麗に舐め取り、兎はようやく顔を上げた。艶めく唇の端に、僅かに血が付着している。ほんの少し息の上がっている兎の顎を掬い上げ、それを舐め取ってやると、兎は突然の事に目を瞬いた。ややあって私がした事を理解したのか、兎は頬を赤らめる。

兎は俯き、視線をさ迷わせていた。紅潮させた頬が、時折風に揺らされる銀髪の隙間から見て取れる。暫くして何か思い出した様にフロックコートのポケットを弄ると、そこから急く様にハンカチを取り出した。丁寧に折り畳まれた真っ白なハンカチを少し長めの歯で二つに裂き、手早く私の傷口に縛りつけてゆく。私は献身的な兎に心奪われ、笑みが零れるのを抑えきれなかった。

「今はこれぐらいしか出来ないけど、後でちゃんと手当てしなよ？」

心配そうに私の手を取り、労わる様な眼差しを向ける。潤んだ赤い瞳が木々の間から射し込む陽の光に輝き、吸い込まれそうな感覚に襲われた。涙の後がまだ白い肌にくっきりと赤い筋を残している。もっと泣かせたい衝動に駆られ、私は兎を見下ろした。

『何他人事みたいに言ってるのよ。後でアンタが私の傷の手当てをするの！忘れたの？アンタは私の物になったんでしょ？それに両方の手が使えないんだもの、自分で手当てなんて出来る筈無いじゃない。』

兎は目を見張り、私を見やる。こんなに苦労したというのに、まさか忘れていたとでも言うのだろうか。私が溜息をつくと、兎は小さく後退った。怯える兎に私は満々の笑みを向ける。