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被食者の末路(童磨)
今日はきっと素敵な夜に違いない。だって、楽しみにしていたお祭りがあるんだから。そんな風に浮き足立って着飾っていたら、いつの間にかもうすっかり日が暮れていた。私の家からお祭りの行われる場所までは少々歩かなければならない。幸い今日は満月のようで足元もある程度はっきりと見えるため、必要最低限の手荷物だけ持って揚々と家を出たのだ。すると、家を出てきて暫くも経たない内に知らない男性に声を掛けられた。
「君、良い体してるねえ」
身の危険を察知するも、その前に男は私に腕を回した。その顔は晴れ晴れとした笑みを湛えている。一見無邪気にも見えるが、この状況では最早不気味でしかない。
「何を、」
振りほどこうとするもあまりに力が強くてびくともしない。こうなったら誰かに助けを呼ぼうと息を吸い込めば、すぐに口元を覆われて声を出すことすら封じられてしまった。
「君って本当に分かりやすいなあ」
もしかして、煽られているのか?こっちだって必死なのに。力の限り暴れるも、相手はがっちりと私を捕まえたまま放さない。段々と体力が尽きて疲れてきた。私が遂に抵抗を諦めると、男は体勢を崩さず私を人の気配が全く感じられないような場所まで運んだ。
「いやあ、結構遠くまで来たね。それにしても、君からは甘くて美味しそうな香りがする」
「何する、つもり?」
震える声を絞り出すと、私は男に頭を撫でられた。その手はやけに冷たく感じた。
「俺のために喋ってくれたんだね。ありがとう、良く頑張ったね。でも、怖がらなくても良い。俺がちゃあんとお前のことも救ってやるからな」
男は私の質問には答えず、私の反応を楽しむようにゆっくりと全身を触り始めた。
「うん、やっぱり当たりだ」
「離して!」
「あはは、離すものか」
そう言ってぎゅっと抱きしめられる。ああ、こんな男に生殺与奪の権を奪われてしまって……。気持ち悪い、気持ち悪い。
「じゃあ、君に選択肢をあげるよ」
「選択肢……?」
「そう。俺に今ここで喰われるか、俺とこれからずうっと一緒に生活するか。俺は今機嫌が良いからね。君に選ばせてあげる」
この男、正気なのか。喰うってどういうこと?
「ああ、言い忘れていたけど俺って鬼なんだ」
「痛っ」
疑いの声を上げる前に、男は私の腕につうーっと爪を這わせた。皮膚が浅く裂けて血が出てくる。
「さあ、どっちが良い?」
相手はあくまでも態度を崩さず、ニコニコと不気味に笑みを浮かべている。
「お前みたいな奴と一緒に暮らすくらいなら、今ここで死んでやる!」
「そうか、可哀想に。別にどちらでも同じことなんだけどね。だってさ、俺に喰べられたら君は俺の中で永遠に生き続けられるってことだから」
男は私の肉を裂きながら話し続けている。痛くて痛くて叫ぶ声が抑えられない。目に溜まる涙で男の顔は見えないが、きっと今だって笑っているに違いない。
「本当に、可哀想だなあ」
遠のく意識の中、最後にそんな声が聞こえた。どうして。私は憐れまれるような人間だろうか?そんな人生だったというのか?ああ、死にたくないなあ。じきにこの意識も塵のようにここには無かったことになるのだろうけど。