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縁有りて出会い有り(実弥)
「あいてて……」
お茶屋さんを出る時、勢い良く入って来たガラの悪そうなお兄さんとぶつかってしまった。さっと血の気が引くような感覚を覚える。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、これは俺が悪い。気にしてねえから顔上げろや」
ゆっくりと顔を上げると、彼も軽く頭を下げた。案外見た目によらず優しい人なのかもしれない。私がそっと立ち去ろうとすると、肩をぐい、と掴んで引き留められた。
「何でしょうか……?」
「お前、おはぎは好きか」
「えっと、はい。好きですが……」
「ちょっと待ってろ」
呆気に取られる私を置いて、彼は勝手に何かを注文している。お詫びに奢ってくれるのだろうか。いや、でもそこまでされるとこちらの方が申し訳なくなるな。そうして考えている内に彼はこちらに戻ってきた。手にはやはり何か持っているみたいだ。
「おい、あんこときな粉どっちが好きだ」
「あんこが好きです」
「良い選択じゃねえか。……俺もあんこ派なんだよ」
食え、とあんこ入りのおはぎが入った包みを押し付けるように渡され、遠慮する隙もなく勢いに呑まれて受け取ってしまった。
「ありがとうございます!」
「礼なんて要らねえよ」
じゃあな、と彼はきな粉のおはぎを持って去っていった。私は暫く呆然と立っていたが、この出来事がずっとこのお茶屋さんの出口付近で行われていたことに気付き、少し恥ずかしくなってそそくさと店を出た。これが彼との初めての出会いだった。
そして、今。
「嫌だ、殺さないで!お願いだから……」
夜道を歩いていたら鬼と出くわした。いつもより少し帰るのが遅くなっただけなのに。鬼は追い掛けっこと称して私を追い掛けてくる。相手は手を抜いているようだから、私の体力が切れるのを待って楽しんでいるのだろう。なんて下劣な奴だ。
「あっ、」
私とした事が、足下の石に気付かず転んでしまった。ああ、もう終わりだ。振り返ると、間近に迫る鬼が笑みを浮かべているのが映った。目を瞑って覚悟を決める。……けれど、いくら待っても思っていたような衝撃は訪れなかった。恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。さっきすぐそこまで迫ってきていた鬼は首が取れ、倒れている。そして、すぐ傍には剣を携える大きな背中があった。殺、と大きく書かれた羽織に刺刺しい髪型。もしかして、この人は。気が付いた時に、彼はこちらに振り返った。
「怪我はねぇか」
「はい。えっと、もしかしておはぎの……」
彼ははっと気が付いたという顔をした。
「ああ、あれか。……美味かったろ」
「はい!」
「お前、本当元気良いなァ」
彼は声を出して笑った。私もつられて笑ってしまった。だけど良く考えたら、たった今私はこの人に命を助けられたところなのだ。
「あの、本当にありがとうございました。このお礼はいくらしても足りないくらいです」
「……急に神妙な面しやがって。礼なんて要らねえよ」
立ち去ろうとする彼を今度は私が引き留めた。
「何だよ」
「私におはぎ、奢らせて下さい。あの後少ししてからお茶屋さんで働き始めたんです」
彼は驚いた顔をした。お前が?と言いたげな表情だ。
「そうか、良いぜ。明日行く」
「ありがとうございます!あ、味はあんこですよね」
「勿論だ」
彼はそのまま立ち去ろうとしたけれどすぐに振り返って、やっぱり危険だからと家まで送ってくれた。なんだかんだ言うものの、この人優しい。
「じゃあな」
彼はこちらに背を向けながら手を振って帰って行った。そう言えば名前聞くの忘れてたな。でもきっとまた明日、会える筈だから。もうとっくに見えなくなった後ろ姿に心の中で手を振りながら、私は家の戸を開けた。