「イツカ! 遅かったけど、何かあった――って、どうしたんだよ、その格好!?」
インターホンを押したイツカを、ドアを開けて出迎えたのは、なぜか、家主でも、その息子である雫でもなく、雅だった。
「傘は!?」
「持ってる」
「じゃあ、なんで濡れてんの?」
おどろいたようすの雅を前に、頭の先からつま先まで、全身ずぶ濡れになっていたイツカは、短く答えた。
「カタツムリ、いた」
「え?」
「紫陽花も、咲いてた。ほら、青と、赤の。雫と、雅みたいだなって」
濡れた手でスマホの画面を雅に見せると、雅は「お」と、声をもらした。
「きれいに撮れてるな――って、そうじゃなくて! イツカ、おまえ、早く中に入れって! 風邪引くだろ!」
「ん……。でも、濡れてるから」
このままで中に入るのは、気が引ける。渋るイツカを見て取ってか、雅はあわてて家の中に引っこんだ。
「ちょ、雫! タオル! タオル急いで持ってきて!」
「どうしたんだ、雅。タオルなら、洗面所のほうに……」
「ああいうのじゃなくて、もっとでかいの! バスタオルみたいな! イツカが、びしょ濡れになってるんだって!」
「は?」
家の中で繰り広げられるメンバーのやりとりを他人事のように聞きながら、イツカはスマホの画面に目を落とした。青と赤の紫陽花の間、青々とした葉の上に、小さくカタツムリが映っているのを見て、かすかに微笑んだ。