前進
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フォークリフトのある庭までの道のりは、しばし重い沈黙が続く。
会話が切り出せず、足音だけが2人の耳に届いた。
来た道を戻る為、敵も現れないので余計に辺りは静か。
―――今、相手は何を思っているのだろう。
今し方の苦渋に満ちた記憶を思い返しているのか。
キースへの謝罪の念を抱いているのか。
それとも、気持ちを切り替えて脱出する事だけを考えているのか。
色々考えていたビリーの背中に、急に弱い衝撃が走った。
「きゃっ!」
「!」
小さな悲鳴で分かった。
ジャンヌが背中にぶつかったと。
無意識に足を止めてしまったせいだと謝るべく振り返れば、鼻を押さえたジャンヌがこちらを見遣っていた。
「悪い……。ボーッとして……」
「私も……ぼんやりしてたらぶつかっちゃった……」
「大丈夫か?」
ビリーが少し屈んで様子を診てくると、近づく顔にジャンヌは頬を桃色に染めた。
心配するような真剣な眼差しに、思わず。
「……赤いな」
「えっ!?そ、そんな事は……!」
狼狽えて答えると、ビリーが不思議そうな顔をした後に微笑み、出し抜けにジャンヌの鼻に指で触れた。
「鼻が、な」
そう言ってやった途端、彼女の顔全体が赤くなる。
「そっ……それはビリーが……!」
「そうだな。俺が立ち止まったせいだったな」
この顔に宿る熱の訳は別の理由。
だけど、それを口に出せる程にジャンヌはロマンチストでもなく、無神経でもなかった。
―――つい、このまま彼といられれば……と考えてしまう。
けれども彼は虚偽の罪を着せられた犯罪者。
そして自分は現役の軍人。
決して釣り合わない天秤同様、ジャンヌの心も揺れた。
不安げに俯く彼女に対し、ビリーが取った行動。
それは……。
「ジャンヌ」
「!」
彼女の胸に置かれた腕を引っ張って、少々強引に抱きしめた。
ジャンヌが混乱と緊張で言葉を紡ぐ事が出来ない中、ビリーは彼女の頭を自分の胸に押し当てた。
「聞こえるか?」
主語のない問いかけ。
動揺する中で聞こえるのは、己の暴れる心臓の音とビリーの穏やかな生命の鼓動。
「……聞こえるわ……」
彼が生きている証に、自然と心が落ち着いた。
「この音は、お前が俺に与えてくれた音だ。この命……絶対に無駄にはしない」
かつては粗末に扱っていた己の命。
どんな結末にしても、どうせ失うのだからと今までは投げやりに考えていたが、もう意思は違う。
―――ジャンヌの為に、ジャンヌと共に生きる為に大事にしたい。
そう言いたいビリーだったが、彼もそんなロマンチストな柄ではない。
もっといい言い方がないかと頭で模索すると、包んでいた彼女が上目遣いでクスッと笑った。
「ビリーの心臓、ドキドキ言ってるわよ?」
余計な事を考えてしまったからだろうか。
落ち着いていたはずの鼓動が乱れていて、動揺を彼女に知られてしまった。
「……うるさい」
「あら、私よりビリーの心臓の方がうるさいわよ?」
ばつが悪いように言うビリーに容赦なく澄まして返すが、彼はなかなか離してくれない。
赤い顔を見られたくなかったのだ。
ただでさえ不利な状況なのに、彼女に今の顔を見られでもしたらと思うと、本当に締まりがない。
そんなビリーの意図を知らないジャンヌは、無駄な抵抗もせずに彼の胸に収まるだけだったが、しばらくして出し抜けに言った。
「……ビリー、少し話をしない?」
「話?」
「何でもいいの。ちょっと時間が欲しくて」
「俺は構わないが……」
「ありがとう。そうしたら……さっきの水槽室に行きましょう」
何故彼女はこんな事を言い出したのか、不思議に思いつつもビリーは普段より速い鼓動のせいで尋ねる事が出来なかった。