咄嗟に
ジャンヌがショットガンを構えようとする手をビリーは慌てて掴み、更に彼女の口を塞いで動けないように拘束した。
「っ……!?」
「しっ!物音を立てるな!」
耳元で囁かれる指示に、暴れかけた体を堪えて黙って頷く
ジャンヌも思い出した。
研究所で見たB.O.Wのレポートの文面。
両生類……蛙にウィルスを投与した結果、今目の前にいる生物兵器“ラーカー”が出来た。
しかし知能の発達がなく、視覚は退化、捕食性が強すぎたせいで兵器として限界があると見定められたラーカーだったが、ジャンプ力と捕食用の舌の発達、そしてある器官の能力を向上させた。
その器官とは、聴覚。
レポートには、音を聞いただけで何かれ構わず襲いかかったとあった為、ビリーは銃を向けずに静止する判断を選んだのだ。
緊張が続く。
このままこちらが動かなければ、ラーカーが襲ってくる事はない。
果たしていつまでこの膠着状態が続くのかと、焦りが
ジャンヌとビリーに垣間見えた時だった。
『ズルッ……ズルッ……』
「…………っ!」
さっきの岩壁から落ちたゾンビが、ひたりひたりとこちらに迫っているのに気づく。
(こんな時にっ……!!)
動けばラーカーに襲われる。
動かなければゾンビに襲われる。
最悪の二択が2人に迫った。
(一発……。それでゾンビを仕留めれば、何とかなるかも……!)
ジャンヌの指先がハンドガンに触れるが、ゾンビは3メートルもない距離にまで近づいていた。
これ以上、接近されてはまずい。
ビリーは彼女が攻撃しやすいよう、塞いでいた口から手をどける―――が、
ジャンヌとゾンビでない第三者が先に動いた。
足を引きずる音と特有の呻き声に反応したラーカーが、大きく跳んで2人でなくゾンビの方に回り込むと、長い舌を勢いよく出す。
その長い舌がゾンビの足に巻きつくと、ラーカーは舌を元の位置に戻そうと強く引いた。
―――つまり、舌で捕らえたゾンビを飲み込んだ。
「!!?」
足までを頬張り、そして上を向いて口に入り切らなかった上半身を……という順序で自分の体より大きいゾンビを丸呑みにしたラーカーは、もう辺りに餌になるものがないと判断したのか、また水流に飛び込んで去る。
言葉を失い放心した2人が動けるようになったのは、一瞬で起きた出来事を頭で整理し終えた、たっぷり時間が過ぎてからだった。
「……心臓に悪すぎ……」
ビリーに凭れるようにして、ぐったりと項垂れる
ジャンヌが脱力した声を零す。
「今のは衝撃だったが……ゾンビにも襲われずに弾薬も節約出来た。……強引だが、前向きに考えるしかないな」
「努力するわ……」
そうは言うが、目の前で人間が蛙に丸呑みされたという衝撃は、たやすく記憶から消えてはくれない。
これをどう前向きに捉えればいいのか。
「……ずっとこうしていたいところだが、またラーカーに出て来られても迷惑だ。水槽室に戻って、マイクロ波焼却室に行く準備をするぞ」
「それもそうね……。……え?」
さらりと流した言葉を肯定してしまったのを理解した
ジャンヌの顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。
そんな彼女の羞恥が怒りに変わるのには、そう長い時間は要しなかった。
「―――どこまでも私の邪魔をしたいようだな……」
ヒルの群れの中心で青年がそう言葉を零す。
とても冷たい怒りと深い興味を抱いたような、例えがたい声色で。
彼を囲むヒル達の中には、もうマーカス所長の擬態が出来る個体はいないようだ。
それでも数の脅威は充分にある。
「君達に生きて逃げられては困るんだ……。私の事を……私の復讐を世に知られてはまずいのでね……」
氷のような冷たい目で見るモニターには、脱出を試みるビリーと
ジャンヌの姿が映っていた。
彼らを侮蔑するように見、青年は言い放つ。
「恨むのなら自分達のしぶとさを恨む事だ……。しかしそれもおしまいだ」
椅子から立ち上がり、青年が歩みを進めた。
目指すは2人と同じマイクロ波焼却室。
「私直々に君達を消してあげよう……!」
―――邂逅の時は迫っていた。
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