しばらく泣いて落ち着いたのか、
ジャンヌは鼻を啜って呼吸を整えていた。
「……もう大丈夫か?」
こくりと頷く
ジャンヌは、謙虚そうにビリーを見上げて口を開く。
「……ビリー、10分……」
「?」
「10分だけ……寝ていい?」
既に彼女の眼はとろんとしている。
緊張などが全て解けてしまったからだろうか。
「構わないが……時間が分からないぞ」
「ああ、それなら……」
左腕から外された時計を手渡すと、欠伸を1つする
ジャンヌ。
物珍しそうに女物の腕時計をまじまじと見ていると、ビリーの左肩に重みが増す。
さっき『構わない』と言ったからか、もう
ジャンヌが頭を乗せていた。
「……10分だけだぞ」
少し強引だが彼女には疲労と肩の痛みがある。
それを考慮してやり仕方なく了承してやると、安心したように
ジャンヌは瞼を下ろした。
そして完全に眠りに入る直前に呟く。
「ビリー……ありがとう」
そう呟くと返事をする前に彼女からは寝息だけが聞こえて来る。
「……礼を言うのは俺の方だよ……」
苦笑いを浮かべるも、ビリーの心は不思議と温かい。
今はこの胸と腕から伝わる彼女の温もりを感じていようと思い、手渡された時計の文字盤を見つめた。
ビリーは時計を見つめてふと思った。
(俺は
ジャンヌの事を知らないんだな……)
改めて自分の知る彼女の情報を指折りで思い出してみる。
名前と陸軍の准尉である事、歳と明日の朝が彼女の誕生日で、射撃が得意。
意地っ張りで強がりで、それでいて水が苦手で、それから―――……。
「あ……」
いつの間にか数える指が足りなくなっていた。
知らないと思っていたが、彼の思い違いだったようだ。
それに
ジャンヌの事を多く知る事が出来たのは、彼女が自分をさらけ出してくれたからだ。
それを思い、いかに自分は自己提示していないかを思い知らされた。
ただ、今はこんな状況だ。
ここから脱出したら、少しでも彼女とたわいない話をしたいと思うと、つい笑ってしまった。
(俺も随分丸くなったもんだな……)
「う……んっ……」
隣の
ジャンヌが身をよじると、今まで隠されていたスカイブルーの瞳が見つめて来る。
「……もう時間……?」
時計はさっきから10分より少し過ぎた時間に針を合わせていた。
「ああ。……もういいのか?」
「……寝過ぎると余計に疲れるしね。それに私、寝は深いの。だから少しの睡眠でも充分よ」
「睡眠の事もあるが……肩の方は大丈夫か?」
まるで今思い出したかのように肩を回すと満足そうに微笑む。
「痛みは引いてるわ。もう平気よ」
それでもビリーは若干の不安を抱いていた。
またいつ痛みが襲うか分からない。
そこで彼は返すはずのショットガンを手にした。
「少し様子を見させてくれないか?俺の判断で返す……。それでいいか?」
身を案じての言葉は、以前の口調とは様変わりしている。
今までは命令系や有無を言わせない言い方だったのに、
ジャンヌの意見も取り入れようとする柔らかい言い方になっていた。
「……ええ。勿論よ、ありがとう。ビリー」
気持ちの変化はビリーだけでなく
ジャンヌにも起きていた。
『ありがとう』を心を込めて言えるように……。
すくっと立ち上がるビリーの背中が、尊敬していた父と重なる。
それを見た
ジャンヌは彼を呼んだ。
「ビリー」
振り返るビリーをしっかりと見つめ、
ジャンヌは言った。
「私に……守らせて。あなたの背中……あなたの全てを」
全てを一緒に背負いたい、その思いで言うとビリーは
「充分過ぎるな」
と受け入れ、更に
「俺にも守らせてくれるな?
ジャンヌの背中を……
ジャンヌの全てを」
と返した。
いつも背中合わせに戦って来た。
互いの背中を守るように。
ジャンヌも彼の問いに頷く。
いつここから生きて脱出が出来るかなんて分からない。
けれども2人の仲には確かな絆が、この時に生まれた。
生きてここを出る為に
互いを守る為に
ジャンヌとビリーは銃を握りしめ、再び歩み始めた。
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