歯車機関室で
マヤの涙にやっと気づいたダンテが、驚いたように頭を撫でてやっていた。
「どうしたんだよ?」
「……ううん。何か……レディの事を考えたら、涙が出てきちゃって……」
彼女の思いやりの深さが垣間見えた瞬間。
ダンテは片腕で抱き寄せると、いつもの声色で言った。
「……
マヤが泣いてたら、俺の力が出ないんだぞ」
「?」
「だから
マヤ、笑ってくれよ」
「ダンテ……」
泣かないで。
その気持ちがじんわりと染みてくる。
涙を拭い、まだ空元気ではあるが笑顔を彼に向けた。
「ごめんねダンテ。もう大丈夫だから……行こう」
「……ああ、
マヤ」
取り繕った笑顔でもダンテは嬉しく思い、彼女の手を取って更に奥を目指した。
2人が歯車機関室と礼拝堂を抜けた頃、大理石通路ではある出来事が起きていた。
やり場のない怒りや悲しみの中でレディが孤独に佇んでいた時、突然呻き声がして彼女はビクッと体を跳ねさせて銃を構える。
バージルに倒されたと思われていたアーカムが、奇跡的にも意識を取り戻したのだ。
「ここは……どこだ……。暗くて何も見えない……」
虚ろなままのオッドアイにそれまでの狂気の色は宿っていないが、レディはそれに気づかずに銃口を父に向けて
「まだ生きてるとはね……」
と、驚いたように呟く。
するとその声を聞いたアーカムが、僅かにそちらに顔を向けて力なく言葉を紡いだ。
「……メアリ?お前なのか……?」
本当に視覚が欠如しているのか、彼には耳で情報を感じ取るしかないらしく、自分にハンドガンを向ける娘に語りかけるばかり。
「何が起こった……?母さんは無事なのか……?」
「───っ!!」
母の言葉が出た途端、レディの中に再び怒りの火が燻る。
すぐにでも撃てるように撃鉄を起こして叫んだ。
「母さん……!?自分で殺しておいて!!」
無事でいる訳がないだろうと吠える。
悪魔になるというくだらない目的の為に、大好きな母を奪われたレディが怒りのままに睨み据えるが、アーカムは表情を変えなかった。
それどころか、開き直りとは違う声音で、静かに語る。
「……ああ……そうだ……。私は……この手で、彼女を……」
「っ……!」
様子が違うと感じるレディの手が震えた。
前回会った時の狂気にまみれた者でなく、かつての父に戻っていたように思えたからだ。
「なんて事をしてしまったんだ……」
銃は構えたままに懺悔の言の葉の続きを待つレディ。
彼女の中に燻った怒りよりも、淡い願いが優ってくる。
───かつての父に戻ったのでは……と。
「私は弱すぎた……。奴に抗う事が出来なかったんだ……」
奴という三人称、そして内容からレディはある仮説を立てる。
「まさかっ……操られてたって言うの……?」
自分の意思なく母を殺めたのかと問うが、言い逃れの可能性もあった。
けれどアーカムが再び彼女の名を呼ぼうとした瞬間に痛みが戻ったのか、苦しそうに呻いた途端にレディはハンドガンを投げ捨てて父の頭と背中を支える。
一呼吸おき、アーカムはゆっくりと彼女に顔を向けて言葉を続けた。
「そうだ……、私は操られていた……」
そして彼は言う。
「あの悪魔───バージルに……!」
「バージル……!?」
「あの男は魔界を蘇らせようとしている……。スパーダの封じた魔界を……!」
「スパーダ……?あの伝説の……?」
答えながら彷徨うアーカムの右手を握るレディ。
「このままでは世界は混沌に包まれる……。奴を……止めろ……」
直後アーカムが痛みから全身の力を失うが、懇願するように娘に訴える。
「バージルをっ……止めるんだ……!」
父は悪くなかった事実と消え行かんとする魂の灯を目の当たりにし、レディは受け継いだオッドアイから涙を流した。
「私が……!?」
遺言のような言霊に涙するしかないレディに、アーカムは語りかける。
しかしもう、その声に力はない。
「お前は優しい子だ……」
彼女の涙を指で拭くと、光を求めるように明るい天井に腕を伸ばす。
「母さんに……よく、似て───……」
そう呟いたアーカムの腕が、糸が切れた人形のように落ちた。
「父さん……!?父さん!!」
命の灯が消えた父に叫ぶレディ。
返事が来る事はなく、ただただ泣く事しか出来なかった。
そうして傍らに落ちていた本を抱かせてやると、彼女のオッドアイの瞳が再び怒りに燃えた。
「バージルッ……!!」
母を、そして父を奪った青い悪魔への絶対の復讐を誓い、レディはランチャーを背負って父の骸を後にした。
―――しかし後に大理石通路にはアーカムの血、そして風もなくページをめくる本だけが残されて、他には何もなくなっていた。
第9話⇒