狩人
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戻った地下ホールにも見づらい位置に廊下があり、奥には部屋があるようだ。
「寄宿舎……。随分と辺鄙な場所に用意されたわね」
あのボイラー室を通らなければならない場所にあるのだ。
ジャンヌの『辺鄙』という表現は的確だろう。
「寄宿舎って事は人がいた場所だな。ゾンビがいるかもしれないから気をつけろよ」
「了解。コーエン少尉」
ハンターを目の当たりにし、それを撃破した2人だ。
もうゾンビぐらいで恐れる事はないだろう。
軽い冗談を交えてジャンヌは扉を開く。
室内は見るも無惨に荒らされていた。
ボロボロに朽ちかけている木製の棚でさえ、引き出しをぐしゃぐしゃにしてまで散らかされている。
「何もなさそうだな」
「そうね……。棚は全部荒らされてるし、他にありそうなのは奥の暖炉……」
言いかけるジャンヌが何かを見つけた。
見てすぐ分かる、ただの飾りでしかない暖炉なのに不自然に薪が残されていて、薪の隙間から何かが見える。
薪を退かすと大量の埃が舞い、2人は同時に噎せてしまうが、その代償以上の物を見つける事が出来た。
「忠誠のレリーフ……!やっと見つけた……!」
養成所脱出の為の大切なアイテムを抱きしめるジャンヌ。
残るは服従のレリーフだけだ。
もしかしたら、もう1つの部屋にレリーフはあるかも……という単純な考えから、奥の扉を潜るジャンヌとビリー。
しかし中には養成所の者と思われる服装のゾンビが徘徊していた。
無駄に重たいレリーフを所持しながらの戦闘だが、丁度いいハンデだろう。
それにここで漸く改良したハンドガンの出番になる。
接近する2体のゾンビを手分けして狙い撃つ。
より正確に照準を合わせられるようになり、無駄撃ちせずに弱点の頭部を撃ち抜いた。
その部屋の中も酷く荒らされていた。
ベッドにはシーツすらなく、残る物は使い道のない物ばかりだ。
さっきの部屋の事もあり、2人は隈なく部屋の隅々まで探した。
しかしレリーフらしき物は見つかる気配は一向になかった。
(……そうだわ。マーカス所長の日誌みたいに、何か手がかりになる物がないかしら……)
適当に近くの書物に手を付けるジャンヌ。
どうやらここにいた幹部社員の日記のようだ。
最初の方を熟読していくと、幹部社員もマーカスに疑問や不信感を抱いていたのが長々と綴られていた。
「何の本だ?」
特に収穫のなかったビリーも、ジャンヌが閲覧する本に興味を持ったようだ。
「ここにいた社員の日記よ。何か手がかりがないかと思って……」
そう言ってページを捲る。
“マーカス所長の没頭している研究、そしてあのヒル共に注ぐ異常な執着は何だ?いや……執着というより、愛情のようにさえ思える。”
客観的な視点で書かれているが、同一の内容はマーカス本人の日記からも読み取っていた。
周りからも見て分かる程、所長はウィルスを投与したヒルを溺愛していたのが嫌でも分かる。
次のページにも類似する内容が記されていて、それと一緒に内部で広まる噂についても触れられていた。
“噂によると、あのヒル共はかなりヤバいらしい。事実、その1匹に接触されたデニスが熱を出してぶっ倒れちまった。”
「……ウィルス投与されたヒルに接触したら……まず助からないわね…」
ジャンヌ自身も列車でヒルに襲われたが、噛まれたりせずに済んだし、日記にある発熱の症状もないので、彼女は感染の心配は皆無だろう。
ところが、以後の日記に執筆者に変化が見られる。
前の日記から、大分時期を置いて書かれた日記の内容はこうだ。
“今日もだ……。扉の向こうから、体をかきむしってはうめくこえが きこえてくる”
途端に文章の表現が子供が書いたかのように衰えた事に、疑問を抱くジャンヌとビリー。
(まさか……こいつもウィルスに感染したんじゃあ……)
良からぬ予想を立ててしまうビリーだったが、次のページを見た瞬間にそれは予想ではなく事実だったのを思い知らされた。
“『触らぬ にたたりなし』だ。おれ 絶対にヤツらにちか寄らない。せかく所長にごしめいされたッてのにデニスのようになるのはゴめンだ。”
本当に当初と同じ人物が書いているのか疑いたくなるような幼稚な間違いが混ざる文章に、ジャンヌはゴクリと唾を飲み込む。
彼女もビリーと同じ予想を立てたのだろう。
そして次のページをジャンヌが開くと、ノートの枠線を無視して綴られた最後の日記が現れた―――……。
“ ちくしょうでにすのやつ
またかきむしっる。
こっちまでかゆ なるう
ぜん ぜ
やるき お きない
でにすも かく やめちゃ た
おなか すいた”
身の毛もよだつ……とはこの事だろうか。
そんな蒼白する2人が最後に見た文。
“たすけ て
まま”
―――人が人でなくなる最期の言葉だった。
ウィルスに心身を蝕まれていく生々しさを目の当たりにしたジャンヌは、日記を乱暴に閉じてしゃがみ込んでしまった。
「ジャンヌ!?」
「だ、大丈夫……。ちょっとショックが大きかっただけ……」
額の冷たい汗を拭い息を吐く。
今までジャンヌ達が見て来たのは、一度死んでから蘇ったゾンビだった。
しかし、今初めて生きたままゾンビになるというパターンがあるのを知り、目眩で倒れてしまいそうになる。
「指名されたっていうのも、マーカスの“手伝い”にって事だろうな……」
哀れな末路を辿った幹部候補生が彼らに教えてくれた事は、ウィルスに感染した症状が発熱に続いての体の痒みだという事だった。
この時、2人の脳裏に“もしも”という言葉が浮かぶ。
―――もしも自分がウィルスに感染したら、どうする―――……?
そんな野暮な質問を互いに投げかけそうになるが、その問いは口から出る事はなかった。
代わりに2人は己の手の中の銃を強く握る。
―――絶対にこの銃が一度でもあなたに向けられない事を祈ろう。
それだけを思い、立ち上がるジャンヌとビリーは寄宿舎を、そして痛々しい傷痕を残す地下を後に、再び養成所へと足を向けた。
next hazard⇒