旋律
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入った倉庫は倉庫でも、養成所の探索初期に訪れた倉庫よりも広めの空間で、もっとよく出来た作品らが立てかけられたりしていた。
いつか飾られるはずだった立派な絵画達も、今ではすっかり埃を被って哀れな姿を並べている。
「この像……綺麗な女の人だけど、なんて言うのかしら……。優しさが感じられないわね」
「“あの”マーカスの持ち物なら納得出来るけどな」
人体実験や拷問など、非情な事を繰り返していたマーカスの感性ならば、ジャンヌが感じた不快感も納得出来るはずだと言えば、彼女も大きく頷いてみせる。
「さて、俺達が探してるのは宝物じゃなくて出口だ。先を急ごう」
今の自分達なら、どんな金銀財宝よりも薄汚れた脱出口の方が宝物だろうとジャンヌが冗談を呟くと、ビリーも同じように微笑む。
そして2人は水の鍵を使って青い扉を潜り抜けた。
廊下の照明は、今にも切れそうにチカチカと欝陶しく光る。
すぐ脇に『放送室』と書かれたプレートのドアがあったが、押しても引いてもびくともしない。
切れかかった照明のせいで見にくいが、ドアノブに細工が施されているらしく、専門の道具がなければ開くのは無理そうだ。
「ここはスルーして奥に進むか」
また行き詰まったら考えようと促すビリーは廊下の角を曲がった。
するとそこには再び強敵である、マーカスに擬態したヒルが立ち塞がっていた。
気配も前触れもなしに出現された2人は、驚倒して後退する。
「ビリー!火炎瓶は!?」
「残ってるが……1本しかない……!」
頼れる武器の心許ない残数にジャンヌも苦虫を噛んだ表情になった。
タフ過ぎるこの相手に武器の出し惜しみは出来ない。
ビリーはグレネードを、ジャンヌはショットガンを構えて人型ヒルに一気に弾丸を浴びせれば、流石のヒルも仰け反って腕や頭部を失っていく。
(もう少し……!)
ビリーが拳銃に持ち替えて銃弾を撃ち込み、トドメに火炎瓶を投げつけようとした時、人型ヒルが突然変形した。
失った上半身を補うように脚部が気味悪く肥大し、まるで破裂寸前の風船のようになる。
体力を失ったヒルが自分達をも巻き込んで自爆しようとしているんだと、軍人の勘、この事件の経験から直感したジャンヌは、咄嗟に目に付いた扉を目指してビリーの腕を引いた。
「急いでビリー!!」
膨らんだヒルの大きさはジャンヌ程になっている。
この大きさで爆発したら衝撃はかなりのものだろう。
鍵がかかっていないのを祈ってノブを回すと、すんなりと扉はジャンヌ達を迎えた。
滑り込むようにして部屋に飛び込み、ヒルが入れないように2人がかりでドアを押さえ付ける。
何度かドアに強い衝撃が入ったが、のたうつ部位が当たっただけのようで、ビリー達を追っての行動ではないらしい。
それが分かった瞬間、ドアの向こうで水を含んだ物が爆発する音と、さっきよりも遥かに強い衝撃がドア伝いに届いた。
反動でジャンヌはよろけてしまい、ドアを押さえていた手もジンジンと痺れる。
「やっぱり爆発したわね……。勘が当たって良かった……」
もっとも、そんな勘は外れた方が良かったのだが、結果論だけで彼女は言ってズボンの埃を払う。
2人が飛び込んだ部屋はバーだった。
アルコールのボトルやグラスが綺麗に並べられている。
「養成所にもこんな場所があるのか……」
「一先ず休憩ね。……それにしても、さっきのは何だったのかしら……」
置き去りにされたピアノの椅子に腰かけたジャンヌがぽつりと呟く。
作戦司令室前で擬態ヒルと戦闘した際、爆発なんてしなかったのに……。
ビリーもそれを不思議に思い、前回と違った点を述べていく。
「第一に……今回は火炎瓶を使わなかった事だな」
「そうね。やっぱりヤツには炎が有効だって事ね。それ以外の武器で戦えば、今回の結果になると思うわ」
強敵の弱点を見つけたものの、それ以外の武器では対抗した際に危険が及ぶ事が判明し、ジャンヌは暗い声を零す。
溜息を吐きながら目の前の鍵盤に指を沈めてみると、予想以上に綺麗な音がバーに響いた。
そのほんの少しの音色に心が癒され、ジャンヌは興味本意に鍵盤の上に白い指を滑らせる。
「弾けるのか?」
「少しだけね。でも何年も弾いてないから、指がなかなか動かないわ」
単調なメロディーを弾いていると、鍵盤の上に楽譜が置き去りにされているのに気付く。
タイトルは掠れて読めないが、譜面はまだ読み取る事が出来た。
(楽譜を見て弾くなんて何年ぶりかしら)
姿勢を正して両方の指で音を奏でるジャンヌ。
だが中盤から音色に乱れが生じる。
フォローしようとするも、それも上手く出来ず、結局ジャンヌは演奏を止めてしまった。
「やっぱりブランクがあるとダメね……」
ピアノの代わりに武器ばかり触れていたのだから、仕方がない。
早々に諦めたジャンヌが離れた椅子に、今度はビリーが座る。
「え……。ビリーが弾くの?」
『弾けるのか?』という意味合いの問いにビリーは短く『そうだ』と答える。
しかしその厳つい容姿とピアノという組み合わせがどうしても似合わず、ジャンヌは苦笑いしか出来なかった。
「訓練施設で言っただろう。特技を教えるって」
正直、驚きを隠せていないジャンヌの前で、再びピアノが同じ曲を奏でる。
しかしジャンヌの時とは違い、力強さの中に柔らかさも併せ持つメロディー。
どんどん刻まれる旋律に驚くジャンヌは目を開く。
拳銃を巧みに扱うあの大きな手が、こんなにも綺麗な音色を奏でるなんて、驚嘆の眼で見つめる他なかった。