ビリーが最後の一節まで間違う事なく弾き終えると、1人からの大きな歓声を浴びた。
「すごいわビリー!こんな特技があったのね!」
「嗜む程度だけどな」
「それでも綺麗な音色だったわ。思わず聴き入っちゃったもの」
この時
ジャンヌも『人は見かけによらない』と思ってしまった。
すると、バーの奥に何かが動く物音がする。
ジャンヌがハッと振り返ると、壁がスライドしてワインセラーの入口が現れていた。
「これ……今ので開いたの?」
「タイミング的にそうだろうな……」
一体どんな仕掛けだったのかなんて、この謎だらけの施設で言うのは野暮だろう。
ハンドガンを構え、倉庫の扉の端に背を付ける2人が同時に銃を構えて中の様子を伺うが、中にあったのは年代もののワインばかり。
その奥にあったのは……。
「……!ビリー!」
2人の目に飛び込んで来たのは間違いない。
「服従のレリーフ!」
ガラスケースに入れられたまま壁に飾られているが、確かに捜し求めていた3枚目のレリーフだ。
壁から外し、ガラスのカバーを取ってやると無機質のレリーフが手に入れられた。
「これでここから出られるわね」
「ああ。天文台に急ごう」
ついにレリーフが全て揃った。
これでこの悍ましい養成所から出る事が出来る。
少なくとも得体の知れない化け物と遭遇する事もほとんどなくなるだろう。
(やっと脱出が出来るか……。でも……)
ビリーは思った。
今当たり前のように隣にいる彼女は、生き残る為に自分と協力して行動を共にしているにすぎない存在だ。
―――つまり、ここを出れば別れなければならない。
「……どうしたの?」
「……ちょっと考え事をしてた」
「考え事?何か不安な事でもあるの?」
その尋ね方があまりにあどけなく、
ジャンヌの自分を覗き込む瞳に釘付けになった。
すっかり彼女は、自分に付けられた死刑囚という肩書きを忘れているらしい。
でなければ、わざわざこんな風に心配したり、聞いたりはしないだろう。
「……ゾンビとか、動物の化け物に遭わないか……かな」
「フフッ、何それ?今に始まった事じゃないでしょ?」
ジャンヌが笑う様子を見て、改めて思った。
―――これ以上、彼女に心を開いてはいけないし、惹かれてもならない……と。
いずれ別れは必ず来るのだ。
その時に、名残惜しさなどは残してはならない。
複雑な表情で唇を噛むと、何も知らない
ジャンヌが彼の頬を撫でる。
「……私も不安よ。上手く言えないけど……ここを出たとしても、まだゾンビや化け物がいるかもしれない。街に行くまでは安心出来ないもの」
「……ああ」
共にいられるのは街まで。
遠回しにそう宣告されたビリーは、彼女からレリーフを受け取るとワインセラーを出る。
「長居は無用だ。早く行こう」
「ええ」
倉庫を抜けてセンチュリオンとの戦闘をした飼育プールから天文台へと戻って来た。
鍵穴のない扉を開く為、服従のレリーフを制御盤にはめ込むと、各プレートの縁の赤いランプが灯る。
すると少し間を置いた瞬間に天文台が大きく揺れた。
ズン……と重い音を立てる天文台が揺れる度、天井からはうざったく埃が落下して来る。
「っ…
ジャンヌ!!」
ビリーは足元に迫る水に気づいて驚愕した。
何故そうなったのか分からないまま、身を案じて急いで梯子を登る2人。
体に伝わる振動は大きく、日常のどこかで体感した事があるものに似ている。
「―――……!そうか……!水位が上がったんじゃない、この天文台が下降しているんだ……!」
ビリーがエレベーターのような仕掛けに気づいたと同時に振動は止み、天文台に静けさが戻って来た。
「……止まっ……た……?」
「みたい……だな……」
流石の准尉と少尉も呆然として制御盤の方を見遣ると、そこの床ギリギリにまで水が迫っていた。
多少驚かされはしたが、仕掛けは作動させた。
ジャンヌが今まで頑なに開かなかった扉を押すと、錆びついた悲鳴を上げながら扉が開いていく。
―――ついに脱出が出来る。
その想いで扉の先の世界を見た
ジャンヌとビリーだったが、彼らは再び落胆する事となる。
扉の向こうには長い長い橋が続いており、その先に怪しげな建物が月明かりを浴びて聳え立っていた。
「―――……どうやらまだ脱出は出来ないみたいね」
「流石に湖を泳いで渡る勇気はないしな」
月は出ていても、辺りは真夜中の暗黙と静けさを保っている。
それにもし水中で襲われたら成す術もない。
安全を最優先にするべき今は、この橋を渡るしか選択肢はないだろう。
「列車に養成所……。この次は何かしらね」
シニカルに笑う
ジャンヌはショットガンを、ビリーはハンドガンを構えて進む。
不気味な風が吹き抜ける橋の上を、2人の影が静かに歩き出す―――……。
next hazard⇒