予感
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動かなくなった蝙蝠の脇では、ビリーがそれの顔を見ていた。
「……ジャンヌ、あの時何を撃ったんだ?」
返事は聞かずとも分かる。
この傷からして、彼女が撃ち込んだのは硫酸だ。
「医務室で薬品を見つけたでしょう?あれを使ってね。良かったわ、役に立って」
役立つ、という言葉が果たして相応しいのだろうか。
手当てが出来る救急セットのような物なら『あって良かった』と思えるが、それが手作りの銃弾だと素直に納得が出来ないビリーは、苦笑して埃を叩きながら荒れた礼拝堂をぐるりと見渡す。
「……それで、次はどうする?入口の瓦礫をどけるか?」
簡単には言うが、瓦礫の数は半端ではない。
ジャンヌがげんなりと
「とてもそんな元気ないわ」
と呟く。
それは冗談で言ったビリーも一緒な訳で……。
結局、瓦礫の撤去は最終手段として、2人は礼拝堂の中を調べる事にした。
わざわざ養成所内に分散された3枚のレリーフを見つける必要があったのだ。
まさかここが行き止まりのはずがない。
戦闘で酷く荒れ果ててすぐに気付かなかったが、礼拝堂の奥に個室に続くドアがあった。
入ってみると思いの外綺麗なままだったが、広さはさほどない。
棚や机を調べ、地図や参考になりそうな書類を探すジャンヌとビリー。
程なく目当ての地図を見つけるが、地図を見たジャンヌは不思議そうに首を傾げた。
「地下があるのはともかく……地下の規模が広すぎない?」
今いる礼拝堂もなかなかの広さだが、それよりも広大な面積を持つ地下の存在。
この階からの脱出する場所は地図で見た限りはなく、行けそうな場所は地下しかない。
「恐らくこの礼拝堂の隅……これがエレベーターだろう」
ビリーが地図の左上を指して言う。
ジャンヌも同意し、礼拝堂に設置されたエレベーターに乗り込む事にした。
「動くかしら?」
「電源は入っているみたいだから……多分大丈夫だろう。最悪、ケーブルを伝って降りればいいしな」
「エレベーターが上になきゃいいけどね」
試しにジャンヌがボタンを押してみると、下向きの矢印にランプが点いた。
分厚い扉の奥から小さな振動がする事から、エレベーターは正常に起動しているようで、こんな辺鄙な場所で軍の訓練紛いの事はしなくて済みそうだ。
ベルが鳴ると、エレベーターのドアが開いた。
銃を構えて乗り込む2人は下へのボタンを押してドアを閉めると、その場にしゃがみ込む。
「地下がどこか……せめて、湖の向こうに繋がってたらいいんだけどな」
「ええ……。そうしたら、歩いてでもここから出るのに……」
額の汗を拭うジャンヌは息を長く吐き出す。
エレベーターが弱い振動で地の奥底まで降りる感覚が、何故かジャンヌの不安を生み出していく。
「……ジャンヌ?顔色が悪いぞ?」
ビリーに汗の滲む額を撫でられてハッとする。
「疲れたか?」
「……そうね、疲れのせいか、まるでこのまま奈落に沈んでくみたいに感じるわ……」
珍しくジャンヌが弱気な発言をしてみせると、ビリーもエレベーターの違和感に気づく。
かなり遅いスピードで、随分と時間をかけて降下していた。
もしかしたら2、3階程地下に降りているのかもしれない。
何故か感じる胸騒ぎをジャンヌは『沈んでいくよう』と表現したが、実際に感じているのはそれとは違う感覚―――……。
今、目の前にいる彼が離れてしまうような、奇妙な孤独感。
いずれ別れが来るのは分かっている。
しかしどうして今、それを感じるのだろうか。
(……このエレベーターの終着点が脱出口なのかしら……)
そんなジャンヌの予想を裏切るように、エレベーターが到着したのは、まだ屋内だった。
相変わらずの重々しさを放つ場所にビリーは不快感を、ジャンヌは僅かな安堵を覚える。
慎重に箱から降り、狭い通路を歩み出す2人。
上へと続く階段が脇にあったが、完全に瓦礫で塞がれてしまっていた。
しかし幸いな事に奥には扉がある。
「資料室か……」
プレートの文字を読んだビリーが開いたドアの隙間から銃を向けて部屋へと入り、ジャンヌもそれに続いた。
部屋の壁を埋め尽くす程の棚には、生物学やウィルスに関する本が所狭しと並べられている。
どれもこれも見た事がない物ばかりだ。
2人が部屋の中を調べて回ると、ビリーが奥のテーブルの上にある何かを見つけた。
タイトルから重要な文献だと察すると、離れた棚を調べるジャンヌを呼ぶ。
彼女もその本の題名を見て驚きを露にした。
「生物兵器のレポート……?」
タイトルの脇には『B.O.W』とある。
これは『バイオ・オーガニック・ウェポン』の略で、本の中のほとんどにこの略称が使われている。
内容には今まで銃口を向けた、悍ましい生物達の事が事細かに記載されていた。