離別
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「そ……んなっ……。嘘、でしょ……!?……っ……ビリーッ!!」
動転して上手く働かない思考のまま、ほんの少し前まで彼がいた場所から水路を見下ろした。
しかし残酷にも見えるのは、轟々と唸る激流と暗黒の景色だけ―――……。
見渡せど、ビリー・コーエンの姿はどこにもない。
「どうして……!?もう少しで……一緒に、脱出……出来たのに……!」
これ程ジャンヌが動揺したのは、最初に人型ヒルと遭遇した以来だった。
ビリーの安否を気遣いたいが、今のジャンヌは激しく狼狽えて、そこまで思考が回せない。
譫言のように、目の前からいなくなってしまった彼の名前を呟くジャンヌ。
そんな彼女に襲いかかる悪夢はこれだけではなかった。
今まで息を潜めていたそれは、ゴポッと音を立てたのを合図に、プラットホームの中を凄まじいスピードで移動を開始する。
高さは床とほとんど同じ位だが、茫然自失のジャンヌを捕捉するなり、即座に丈を作り上げると彼女を見下ろした。
突如背後に現れた、人ならざるものの気配にジャンヌの思惟が一瞬停止する。
ドクンッと低い鼓動。
頬を伝う冷たい汗。
恐る恐る振り返るジャンヌ。
その瞬間にプラットホームが暗くなる。
まるでジャンヌの心情を表わすように……。
初めてプラットホームに銃声が響く。
建物の構造上の理由から、銃声は余韻を残して遠くの場所まで反響した。
「っはあ……!はあっ……!!」
乱れるジャンヌの息。
だが休む間もなく、強敵は彼女に迫って来る。
「なんでっ……こんな時にヒルの化け物が……!!」
苦境に上乗せされる逆境。
武器はあるが、ヒルに有効な火炎系の武器だけがない。
自爆されるのを覚悟で、ジャンヌは今ある銃を撃ちまくる。
緩慢な動きで仕掛けられる攻撃を何とかかい潜り、ジャンヌはこれでもかというぐらい発砲を続けた。
端から見れば、錯乱しているようにも思えるぐらいに。
着弾する度に弾け飛ぶ、マーカスに擬態したヒルの固まり。
頭部から崩れ、続けて腹部と左腕が結合を解く。
もはや人型とは言えない程に形を崩したヒルの群れに残り僅かな硫酸弾を撃ち込むと、残された腰から脚部がどんどん肥大した。
自爆の兆候を察知したジャンヌは走り出す。
目指すのはガントリークレーンの梯子だ。
ロープウェイは電源が落とされて開かないし、吹き抜け廊下への扉の前にヒルが回り込んだ為、ジャンヌの逃げ道はそこしかなかったからだ。
遮二無二、という言葉が相応しいジャンヌの挙動。
撃ち尽くして空になったグレネードランチャーを捨て、一心不乱に梯子を駆け登る。
そして彼女が機械室まで到達した直後にヒルは自爆し、跡形もなく存在を消した。
けれど強敵を倒したというのに、ジャンヌは安堵した様子も見せずにふらふらと機械室への中に入って行く。
浅い呼吸で歩いて電力供給装置を確認すると、そこに貼りついた無数のヒルが原因でだろう、さっきはめたコイルが外されてしまっていた。
虚無と焦燥を纏うジャンヌは表情1つ変えず、機械に群がるヒルをナイフで払い除けてコイルを取りつけ直すと、再びプラットホームに明かりが点る。
しかし、さっきのように彼女の表情が明るくなる事はなかった。
プラットホームに降りて、さっき投げ捨てたグレネードランチャーやショットガンなどを拾うジャンヌ。
重たい感覚はあるが、脳にまでそれは伝わらない。
完全に麻痺した感覚と感情で武器を拾い、ロープウェイに入ろうとしたジャンヌがふとホームの端に目を遣ると、何か光る物が落ちていた。
「あ……」
拾い上げたそれは、ビリーの拳銃だった。
転落する時に落としたのだろう。
ジャンヌはその銃を大事そうに手で包むと、震える唇を噛み締めてロープウェイに乗り込んだ。
中の安全を確かめるなり、その場に武器を置いて運転装置に手を伸ばす。
レバーを動かすだけで済み、ロープウェイはゆっくりと動き出した。
覚束ない足取りで壁際に寄ると、ジャンヌはそのまま崩れるように壁にもたれながら座り込んだ。
―――どうして私1人だけなの?
虚ろな目で、握り締めたビリーの拳銃を見つめながら、激流に飲み込まれた彼を思い出した瞬間に拳銃が歪む。
いや、歪んだのは拳銃がじゃない。
ぽたり、ぽたりと落ちる涙のせいだ。
「ビリー……」
私がもっと早く敵の存在に気づいていれば。
私がすぐに狙撃していれば。
私がもう少し早く駆け出していれば。
私が―――……。
沸き立つ後悔の念に耐え切れず、ジャンヌは膝に顔を埋めて涕泣した。
過去を打ち明けた時に『泣いていい』と胸を貸してくれた彼はいない。
頭を撫でてくれる度に鎖を鳴らす、彼の手錠の音も聞こえない。
「っ……ビリー……、無事よね……っ!?お願いっ……、ビリー……!」
途端に押し寄せる孤独の波に、たやすくジャンヌは飲み込まれてしまい、彼女は声を漏らしながら泣き伏した。
「ビリー……」
彼が巻いてくれた腕の包帯を握って、何度も求めるように名前を呟く。
孤独を抱くジャンヌだけを乗せ、ロープウェイは狂気に満ちた研究所から出発して行った―――……。
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