咆哮[前編]
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「……なあ、どうしてビリーは手錠をしてるんだ?」
「…………」
キースもずっと気になっていた事を、ついに投げかけた。
「俺にはアンタが罪人には見えない。何か理由があるんだろう?」
「……人を見た目で判断すると、痛い目に遭うぜ?」
「それでも……俺には何となくそうじゃないって感じられるんだ。それにジャンヌを見てれば分かる。アンタを信頼した目で、ずっと見てたからな」
「ジャンヌが俺を……?」
「ああ。ジャンヌがビリーを見る目は、手錠が必要な奴を見るモンじゃない。……だから俺、アンタを信じる」
―――もう1人、自分を信じてくれる者がいた。
「……ありがとう。でも、俺の罪は消える事はない」
「罪って……」
「たくさんの命を救えなかった。それが俺の罪だ。……俺にもっと力があれば、きっと……」
「ビリー……」
あの時、他の手段を取っていれば何か変わっていたかもしれない。
……でも、もう今はどうする事も出来ない。
出来るのは、その罪を1人で被る事だけだ。
「……だけどさ、ジャンヌはビリーを信用して一緒にいるんだろ?それだけでも、嬉しい事じゃないか?」
キースは不器用なりに言葉を続けた。
「自分の事を信じてくれる人がいるってだけで、生きる糧になるだろ?ジャンヌが一緒にいて、そんな風に思わないか?」
「―――……ああ。彼女はいつも、俺を救ってくれた」
「なら充分じゃないか!そうだろっ?」
前向きに導こうとしてくれるキースの心遣いがとても嬉しく、少し恥ずかしかった。
励ますはずの自分が励まされる側になってしまい、ばつが悪くなって苦笑する。
「……キースはいい奴だな」
「今更かよ。……なんて、俺もビリーとこうして話が出来て嬉しいぜ」
出会ったばかりとは思えないやり取りに、男2人は互いに笑った顔を見合わせる。
「……ビリー、ジャンヌの事……大事にしろよ」
「いきなり何だ?」
「何となくお前らを見てたら……な。恋人じゃないって言ってたけど、気持ちはそれに近いんじゃないか?」
「そ、それは……」
どう答えていいのか戸惑い、言葉を選んでいたところでジャンヌが帰ってきた。
何となく、場違いな気がしてドアの陰に引っ込みながら
「えっと、邪魔……だった……?」
と、気まずそうにまたドアを閉めようとするが、キースが首を振って
「大丈夫だから、ジャンヌも入れよ」
と彼女を部屋に招き入れる。
「……それでキース、どうするか決めた?」
決めるも何も、最初から脱出するしか選択肢はないが。
「ああ、俺も2人と行くよ。色々思う事もあるけど、こんな場所にいたくないしな。それに……早くサラの所に戻らないといけないんだ。だって……」
「?」
「その……お、俺さ……父親になるんだ」
「え……」
突然の告白に2人は目を丸くした。
「つまり……子供が……?」
「あ、ああ。だから、その子の顔を見る為にも、サラの所に……」
「そうか……。その……」
『おめでとう』の言葉が重なった。
「ハ……ハハ。なんか照れるな。ありがとう」
照れ臭くなってベッドから立ち、まだ夜の空を窓から臨むキース。
夜の闇を見つめていると、不意に不思議な感覚に包まれた。
(―――あ、れ……?)
突然、彼の喪失していた記憶の断片が、ざわざわと音を立てて蘇って来た。
「どうしたの?」
「あ……多分、俺……ここを知ってる気がするんだ」
「本当か?」
「ちょっ……地図持ってるか?」
痛むのだろうか、キースが頭を押さえて言うと、ジャンヌが胸元から処理場の地図を出した。
「寄宿舎の位置はここよ」
「……脱出するんなら、目指すのは最下層の地下9階だ」
「地下9階?もっと潜るのか?」
「ああ。ダムの管理塔から焼却室を抜けて、搬入口に行ける。荷物の運搬に使われていたリフトがあるから、それを使えばきっと……」
朧げながも行き方を教えてもらい、やったと喜ぶジャンヌ。
「ありがとうキース!」
「別にこのぐらい…………っ!!」
ズキンッと頭が痛んだ。
「大丈夫か?」
「へ、平気だ……」
そうは言うが、キースの顔は蒼白している上にまた体が震えている。
おもむろにジャンヌがキースの手を握ると、氷のように冷たかった。
「……キース、一旦ここで待っててくれ」
「え?」
「その状態で進むのは危険だ。一先ず俺とジャンヌで、先のゾンビ達を倒しておく。そうしたらまたここに迎えに来る」
「でも……」
「まずは体調を良くしないと。最悪、ビリーが背負って行ってあげるから」
確かに彼女の言うように、こんな状態で行動を共にしたところで、足手まといになる未来しか見えない。
キースには待つという選択肢を取るしかないのだ。
「……分かった。でも、気をつけてくれよ。必ず……帰って来いよ」
「安心しろ。約束は守る」
ビリーが差し出した手を、キースが握る。
そして2人の手を包むようにジャンヌも。
「私達なら心配いらないから、自分の事だけ考えてて。部屋に鍵をかけて、また上のベッドに戻ってるのよ」
「必ず戻る。そうしたら、3人でここを出よう」
「……ああ。気をつけて行ってきてくれ……」
重なっていた3人の手がバラバラに分かれる。
「行くぞ、ジャンヌ」
「ええ!」
ビリーが、ジャンヌが部屋からいなくなると、三度頭痛が酷くなった。
それでもジャンヌに言われた通り、施錠だけは確実に行うキースの動悸が一気に激しくなる。
「っ……はぁっ……はあっ……!!」
無意識にペンダントをまさぐり、写真の恋人の名をキースは呟いた。
「サラ……!」
寒気と頭痛がピークを迎えたのか、キースは呻き声を上げながら倒れるようにベッドに臥した。
「ジャンヌ……ビ、リーッ……!俺はっ……!!」
―――その時、キースの視界が変わった。
薄暗い場所に捕らえられた人々。
体を掻きむしり、呻きながら飢餓と枯渇に苦しむ者達。
そして―――……。
『これは珍しい反応だ……!素晴らしい結果になるかもしれない。この実験体は標本にして、経過を研究しよう』
年老いた声が頭の中で聞こえた瞬間、キースの中の熱が爆発して体が焼けるような感覚に襲われた。
「…………っ!!」
悲鳴を上げられぬまま、彼の意識は真っ暗闇の中に深く深く墜ちていった。
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